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TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 サッカー選手の告白ーー分断されつつあるドイツ社会に投げかけた波紋

中沢あき2021.11.03

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ドイツにおけるサッカーというスポーツは、日本で言うなら野球のような位置付けの国民的スポーツだ。そのプロリーグであるブンデスリーガが10月23日、とある「スキャンダル」で激震した。いや、ブンデスリーガだけではなく、ドイツ社会が激震した。ブンデスリーガのFCバイエルンのサッカー選手、ヨズア・キミッヒ選手がテレビのインタビューで「あなたは未接種者ですよね?」という質問に対してその事実を認めたのだ。2016年のワールドカップからドイツ代表としても活躍するこの26歳の選手は、その非常に個人的な質問に対して淡々とこう答えた。「ワクチンを否定するわけではないが、個人的な考えとして、現行のワクチンにはまだ長期的な研究が十分なされていないので接種を控えている。今後、不活性ワクチンなどの別の種類のワクチンの可能性もみて考えたい」

それからの数日間、キミッヒに対するマスコミのバッシングが凄まじかった。「キミッヒは全くお手本じゃない」「長期的な研究がないなんてフェイクニュースだ」「確かに接種義務はないけど、有名人は社会に対する責任がある」と云々。続いてコロナワクチン政策を推進する政治家や専門家たちからも、若い世代に対して悪い影響を与えるだとか、まるで発狂でもしたかのようなマスコミと政治家たちのヒステリーっぷりに私はドン引きした。なんだこれ?

インタビューの中で彼は一貫して彼個人のことだけを述べており、ワクチンを打つなとも否定的なことは言っていない。確かに緊急承認という形で出回り始めた現行ワクチンは、2023年までは臨床治験下であるということであったし、ワクチンも薬も本来は8年〜10年と長期スパンで経過を見てから承認されるものであるから、彼のコメントはまったくもって正論以外の何物でもないのだ。

なのに興奮状態のマスコミを見ているとこんな解釈が頭に浮かんでしまう。俺たちがこの国の接種率を上げようと(ドイツ全体の完全接種者の割合は国民全体の約66%と夏からほぼ横ばい)一生懸命頑張っているのに、今まで崇めてきたヒーロー的なサッカー選手が全部ぶち壊しやがって!

なんて、彼らは言ってませんが、そう想像してしまうぐらいの激怒ぶりだ。可愛さ余って憎さ百倍みたいな。こわい……。

有名人だから社会への影響が大きい、と彼らは言うが、だからこそキミッヒ自身は今までそのことを公表してこなかったのに、それをわざわざほじくり出したのはマスコミ自身である。そもそもワクチン未接種のブンデスリーガの選手は他にもいて、このFCバイエルンでもキミッヒの他、4人が未接種だそうだが、叩かれているのは彼だけである。というのもキミッヒは以前、コロナウィルスやコロナ禍で苦しむ人々を支援する団体に寄付をしていたのに、言動が矛盾する、ということらしい。しかしキミッヒ自身は一貫して、ワクチンそのものは否定しておらず、希望する人がスムーズ接種できるようになればいいし困っている人は支援したい、と述べているだけだ。どこが矛盾なのだろう?

極端な反ワクチン派も論外だが、ワクチン接種者の中で未接種者に執拗に接種を勧める人もまた同様に論外と思う。ワクチンには完全な感染予防効果がないことがすでに明らかになり、3回目、国によっては4回目のブースター接種まで検討されている中で、未接種者だから感染を広げる、という論理は成り立たない。つい数週間前には、2Gルール(接種者と罹患者のみ)で営業開始したベルリン郊外のクラブで早速クラスターが起きてニュースになったばかりである。しかしマスコミの論調は、とにかくワクチンを打てば感染拡大が防げるし、マスクなしの生活に戻れる(←ここが大きな間違いと思います)である。

「我々は政府や専門家たちの言ってることを信じて打ったのに、お前が打たないからマスクなしの生活が遠のくじゃないか!」と言うコメントを何度もネットの書き込みで見かけたが、その政府や専門家たちが言うことはこの半年間でコロコロ変わってきたし、マスクなしの生活ができないのはウイルスのせいである。未接種者のせいではございません。

大騒ぎをするマスコミの記事につくコメントやキミッヒのインスタグラムなどを見ていると、ネット上で見る意見も半数かそれ以上で「マスコミが騒ぎすぎ」「マスコミの扇動もいい加減にしろ」「キミッヒよくやった」「正論だ」などなど。それらのいくつかには「自分は接種したけれどもキミッヒは正論」ともある。今回の件に限らず、接種者、未接種者ともに社会の間に徐々に広がっている意見は「マスコミと政治が社会を分断した」である。

メルケル内閣の広報官は「キミッヒ選手が接種してくれることを願っており、若い世代への接種推奨も進めていく」。メルケル首相もまた「キミッヒの考えは尊重されるべきだ。けれども、いつかキミッヒが接種を決断するような人だと信じている」。一方でブンデスリーガ関係者の中には、キミッヒの立場を理解する声もある。リーグの観客には3Gルール(接種者、罹患者または検査陰性証明者)が課されているが、それは選手も同様で、未接種の選手たちは週に3回ほど、検査を受けているそうだし、キミッヒ自身もマスク着用などの衛生ルールにきちんと従っているという。

数日経った後、元連邦財務相だった左党の政治家、オスカー・ラフォンテーヌ氏のインタビューがいくつかの紙面で取り上げられた。「キミッヒの発言は、専門家たちと同様に明確で正論だ。そもそもファイザーのワクチンとは莫大な契約を結んでいる一方で、このワクチンの長期的な効果や想定外の事象についてはまだ不明である。彼と同じく、従来型のワクチンを待ち望んでいる人は多くおり、不活性ワクチンは中国製のものが世界に流通しているのに、どうしてドイツでは承認されないのか?」

ああ、やっとこの手の意見がマスコミにも取り上げられるようになったのか……。ちなみにドイツではファイザーのワクチンは必ず「ファイザー/バイオンテック」と表記され、バイオンテックという名前の方でこのワクチンを知る人も多い。この共同開発をしたバイオンテックはいまやドイツが世界に誇るベンチャー企業であり、ドイツ全体の年間物品売上の半分以上をこの企業のワクチン売上が占めているという。おそらくキミッヒのインタビューで言及されるまで、不活性ワクチンというものがあるということも知らなかった人はかなり多いのではないだろうか。

マスコミは「未接種者=反社会派」とレッテルを貼り続けるばかりで、ゆえにこのイメージが一般の市民に浸透してしまったことで社会の分断が起きている。キミッヒに対するバッシングは、「ドイツのヒーローかつ優等生のスポーツ選手がまさか反社会的だったなんて!」というショック反応なのだ。もちろんそれはまったくの偏見に過ぎない。未接種を貫く会社経営者の友人は、接種済みの友人からそのことを問われたときに素直に回答したら、その友人はものすごいショックを受けていたという。まさか君が?という驚く友人は教師で早いうちに接種済み、十代の子どもたちにも接種させているというから考え方の隔たりは大きい。しかしこの手の話は今やドイツではめずらしいことではない。接種済みでも未接種の人に理解を示す人も多くいる一方で、友人や家族の間で分断が起きるのは、ワクチンパスの制度で仕事を失うよりも辛いと言う友人もいる。

キミッヒの告白はマスコミや政治、社会に波紋を投げかけたが、そのさざ波が大きくなればいいなと思う。キミッヒやラフォンテーヌ氏のような発言が公に出ることは大きな意味がある。これまで一方的な報道しかしてこなかったマスコミ、ワクチンの負のデータをきちんと公開してこなかった政府の罪は大きい。しかしそれらが社会の分断を引き起こしていることに気がついている人が増えつつあるのも感じる。

10月末、ドイツの感染者数はポーンと跳ね上がり、一日で2万人を超える日も出てきた。政府や専門家たちはあわて始め、病院関係者からは政府の対策に不満や批判が出始めている。その原因を未接種者とする意見や報道は以前より若干減ったように感じる一方で、全国の集中治療室の患者の中で接種済みの人が4分の1を超えたという報道が出て、3回目のブースター接種を既に接種した人たち全員に急いで提供をという意見が出てきた。今年の冬も落ち着かない日々になるのだろう。


写真:
©️ Aki Nakazawa
しばらく前に訪れたレストランの入り口に立てられていた黒板に書かれた「カラオケは2Gルールでのみ」。この場合、未接種者はたとえコロナ検査をして陰性だったとしてもカラオケはできません。代わりに接種済みと罹患者はその証明書を見せるだけで検査なしで入れます。もちろんカラオケだからマスクなし。ブレイクスルー感染が増えてきていdcる中で、これはまったく意味をなさないルールだと思うのですが、未接種者=感染源というイメージをマスコミがばら撒いたせいで、この2Gを信じている人たちが多くいるのが悲しい現状です。でももうこのルールじゃ次の感染拡大の波は乗り切れないだろうな……。でも政府は3回目ブースター接種と未接種者への接種をうたうだけで、その他のルールには言及しません。10月半ば頃からは各地の学校でマスクの着用義務が廃止されていっているのですが、これも現状を無視しているのか別の考えがあるのか、もう理解が追いついていけません。どうなるのだろう……。

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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