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医療の暴力とジェンダー Vol.15 大切な友達のこと〜半陰陽で産まれた彼女との対話〜

安積遊歩2021.11.17

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大切な友人のこと

このテーマで一番思い出すのは半陰陽者でアメリカで一番大きなピアグループをつくった友人のことである。彼女が今そのグループの代表を務めているかはわからないし、私と彼女との深い対話は当事者の視点からの深い洞察と互いへの共感に満ち満ちたものであったから、ぜひここで紹介しておきたい。

彼女は私より少し若い人でアメリカのカリフォルニアに生まれた。生まれたときは男の子として親が出生届を出した。けれども浜辺で遊ぶときには絶対海水パンツを脱いではいけないと親に禁止され続けた記憶がある。そして8歳ぐらいのときにカリフォルニアから遠く離れたところに引っ越し、そこで手術を受けることになった。

記憶の中で手術の後からは少女としてのアイデンティティを付与されることになったという。あまりにも劇的な変化ではあったが、そのアイデンティティの転換を受容しなきゃ生き延びられなかったわけだから、彼女は自分のそれまでを記憶の中に封殺し、それからは勉強一筋、つまり自分の身体には注目しないという方法で生き延びたのだ。

私と会ったときには30代だったが、日本語がペラペラだった。つまり彼女は日本語を学び広島の大学に留学し、そこで非常に優秀な成績で卒業。日本での起業をトライし、それを次々に成功させ、ついには人のためにも生きていきたいと考えるようになったという。そこで日本に住む英語話者のためのカウンセラーになろうとして勉強を始めた。その勉強の中で蘇った記憶、それが彼女の彼女自身のアイデンティティに対する問いをどんどん深め、混乱と医療に対する憤りとなっていった。

そこで彼女は日本から自分の手術をしたと思われるカルテ開示請求をカリフォルニアの病院に行なった。そこで8歳の時にされた手術が現実のものであったことを確認し、アメリカに帰国。それでも当時は半陰陽者のピア(仲間)がいることを知らなかったからまず、FGMをされた人々に近づいたという。しかし彼女らとの違いを感じる中、半陰陽者は悪魔の子であるという文言を見つけ、抗議の文章を出した。彼女は自分の孤独を背負いながらも医学雑誌にそのように書かれているからには多くの仲間がいるに違いないと推論したのだ。

あたかもすでに半陰陽者のピアグループが存在しているかのように明言し、そこの代表として投稿していると言い切ったのである。彼女のその抗議に共感する人々やそのグループを知りたいというアクセスがたちまち200件以上は来たという。あまりに悲惨な人生を知るなかで彼女はピアカウンセリングを知り、学びたいと考えた。色々な情報を集めるなか、日本で私が当事者運動にピアカウンセリングを使って、エンパワメントに成功しているというというものを見つけた。

そこで当時カリフォルニアに旅行で滞在中の私を訪ねてくれたのであった。私たちは会った瞬間からお互いの状況があまりに近似していること自覚した。その一番の自覚と認識は私たちの人生に医療があまりにも圧倒的な抑圧となっていることだった。私にとっても彼女にとっても医療は味方であるところか、その真逆なものだ。私たちの自由を奪い、親と社会の恐怖を使って私たちの身体をとんでもなく傷つけてきたものであると共感しあった。

彼女も私も自分の身体が違うことに生まれた時から嫌悪を持っていたわけでは全くない。親ももちろん医療者から人と違う身体であることが惨めとか命に関わるという脅しを受けなければ、私たちに残酷な手術をしなかったかもしれないというところで意見が一致した。

私の幼い時の日々と彼女のそれは、自分の身体であることは不幸なことであるというメッセージに晒され続けていた。そのために私には治療という名の暴力が繰り返された。彼女には彼女の性転換という手術がどのように行われ、その後のホルモン治療がどうであったかは記憶にはない。ただ彼女の場合、内性器に女性と男性の部分が結合していた。私に会った当時は女性のパートナーと暮らしていて、自分はレズビアンというセクシュアリティで生きていると教えてくれた。

パートナーは以前はヘテロで子どもがいたし、その子の父親とも今でも同居しているので、彼女の家族構成はあまりにもユニークで私は耳を疑った。そして一度は訪ねてみることを約束。それが実現して彼女の家に行った時の彼女の満面の笑みを私は今でも覚えている。8歳までの記憶のほとんどが闇に閉ざされているなか、その後も過酷なアイデンティティの旅をして今は自分自身を偽ることなく生きれる関係性の中に身を置いている幸せ。それを身体いっぱいに伝えてくれていた。

私はもし医療の暴力とジェンダー規範が社会に蔓延していなければ、違った身体を持つ私たちがこれほどにも苦しむことはないと思っている。女性も男性も着たい服を着て、言いたいことを何でも言えて、世の中に差別というものがなければどんなに心地良い社会であろうかと思うのだ。私と彼女は遠く離れたところに住み、今では全くコンタクトはないが、彼女の考えが全く変わってないだろうことは心から確信している。

私たちは人とは違った身体を持って生まれた。これはこの優生思想社会に根幹から異を唱え、だれでもがそのまんまでお互いに大切にし合おうよという深いメッセージを携えて生まれたと言うことなのだ。

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安積遊歩

安積遊歩(あさか・ゆうほ)

1956年2月福島市生まれ
20代から障害者運動の最前線にいて、1996年、旧優生保護法から母体保護法への改訂に尽力。同年、骨の脆い体の遺伝的特徴を持つ娘を出産。
2011年の原発爆発により、娘・友人とともにニュージーランドに避難。
2014年から札幌市在住。現在、子供・障害・女性への様々な暴力の廃絶に取り組んでいる。

この連載では、女性が優生思想をどれほど内面化しているかを明らかにし、そこから自由になることの可能性を追求していきたい。 男と女の間には深くて暗い川があるという歌があった。しかし実のところ、女と女の間にも障害のある無しに始まり年齢、容姿、経済、結婚している・していない、子供を持っている・持っていないなど、悲しい分断が凄まじい。 それを様々な観点から見ていき、そこにある深い溝に、少しでも橋をかけていきたいと思う。

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