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ひとりでカナダ大学生やりなおし~アラフォーの挑戦 Vol.4 同業者への心の葛藤について

橘さざんか2023.01.21

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2023年本年もよろしくおねがいします! 先日からカナダの私の大学でも新学期が始まりました。

今回は「医者が海外で暮らす」ということについて考えたことを書いてみたいと思います。私の知る限り、海外に在住している日本の医者は3つのパターンがあります。一つは、日本の医師免許を他国でも利用可能にするための試験を受け(代表はUSMLE。後述します)、臨床医として働く。もう一つは、研究留学でどこかのラボに所属する。最後の一つは、パートナーの海外赴任でついて行く。

日本の医師免許を持っていると、アジアの諸国(マレーシア、シンガポール、中国、ベトナム、フィリピンにて、医現地日本会や在外公館から要請された場合)ではそのままその国の医師免許として利用可能です。麻酔科医など、あまり言語を使わずどこでも通用するスキルを持っているなら、魅力的な話に映るのではないかと思います。

一方、北米で働くためには、先のUSMLE (United States Medical Licensing Examination:アメリカの国家資格)を受けて合格せねばならず、しかも受かるだけでは希望の科・病院にマッチング(研修医として働けるようになること)難しいため高得点を取る必要があり、再受験は不可など、ハードルが高い試験です。

私が医学生のときにはまず学校の勉強だけで精一杯でした…というのは言いわけで、学生なので時間の余裕はあったけれど人一倍勉強しようという志がありませんでした。試験があることは知っていたので教科書を持ってはいたのですが、まったく手つかず。
遊びで時間を無駄にせず、こつこつ勉強していたら今ごろ自分にはさらにワールドワイドな可能性があったのだろうと思うと、後悔の気持ちがあります。

ところで先日カナダで後期研修医(医学部卒後2年の初期研修を終え専門科を決め入局した段階。医者としてはひとり立ちしていても科の中では一番下っ端です)をしている精神科の先生とお話をする機会があったのですが、その方が在住し勤務している州では、日本の専門医資格プラスIELTSという英語の語学試験で、勤務の応募できたとのことでした。
しかし、IELTSの合格基準点が確か8.0という生半可な勉強では合格できないネイティブクラスで、試験勉強が大変で1年無職で英語の勉強だけしたと言っていました。

正直よくモチベーションを保てたなと思います。
なぜそこまでして日本ではなく海外で臨床医をするのか、「私こそは」とか、自分がやる意味があると心から思えないとなかなか厳しいものかなと思います。次に研究留学についてですが、これは臨床留学よりずっとハードルが低く、自分の希望次第でだいたい可能になるのではないかと思います。

研究者として受け入れてくれるところを見つけなければなりませんが、自分の所属している医局で代々引き継がれているような海外での席が回ってくることもありますし、自分から学会などで研究者同士のつながりを作り自分から売り込んでいく人もいます。向こうから給料が出ない形態と、給料が出るポスドク(post- doctoral fellowship。PhDを取った後、一人前の研究者になるための修行期間です)であっても難易度は大きく違います。

無給の場合は日本で助成金をこさえて持っていくというのが理想になります。複数の助成金をゲットできる人も、助成金なしで海外に渡る人もいます。ちなみに私は将来ポスドクをするため夏はどこかのラボでインターンシップをしようと思っており、現在絶賛就活中です。また、パートナーの留学(主に研究留学)について行くという3つめのパターンは、もちろん夫が妻の留学についていくという場合もなくはないでしょうが、断然女性が専業主婦になってついて行くパターンが多いものです。
未婚フェミニストの私としては、かつての医者だった人間が部活のマネージャー的サポート職に甘んじていることへ一蹴したくなる気持ちと、優秀な夫を持つ特権的な階級に対する嫉妬の念もあり、大好きな友達に対しても、本当に正直なところ、敵対心のようなものを感じてしまいます。

ものすごく複雑な感情が湧き上がってきてしまうわけなのです。海外での子育ては大変だろうなと感情移入しようとはしていますが、それについても、子どもがいないわけなので、私には一向にピンときません。ただ、彼女たちも一時的な位置にいるので、その間きっと楽しんで、数年後にまた私と同じ地べたの医者になるのではないかと思います。その間の心情の変化について、ゆっくり彼女たちの話を聞くのを楽しみにしています(これは嫌味じゃなくて本当に楽しみなんです)。

けれど、このようにわきあがってくる感情は、私の中にある完全な偏見で、ここに記すのも恥ずかしいのですが、私にはどうしてもぬぐえない生産性信仰があります。なかでも子どもがいないということに対して、自分の生産力を無駄にしてきたような(本当は絶対にそんなことないんだけれど)、うしろめたい気持ちがあるのです。完全に両親から言われた言葉でできあがってしまったマインドだとわかっているのに、これまた、ぬぐえないわけです。

これはいったいどうしたらいいものでしょうか?
誰か教えてほしいと思っています。

2月の休みに、夫のアメリカ留学について行って、3人の男児を育てている同級生に会うのですが、彼女にはいつも劣等感を持ってしまいます。ご本人は素晴らしい女性なのですが、私が第三者に対して彼女について説明するときにはいつも「むちゃくちゃストレートに王道に生きてきて、コンサバで、私とまったくカルチャーが違うのよ」と説明をつけたがってしまう無駄なライバル心をどうにかしたいものです。

負のサイクルに入ってしまったときの私の対処法としては、他人のようにそんな自分を見つめてオモシロがるというものです。その効果があってかなくてか、いちおう年々こういった感情はおさまり、マシになってきております。今は自分の人生を心から面白いなと思えていますので、かつてのように、約束の前日に、人知れず泣いたりなどはしていません。

私の感じている葛藤はまさに女性が分断されているからなのか、それとも男女問わずユニバーサルに人間が持つ「隣の芝生は青い」現象なのか。心の旅は続きます。

写真 @Sazanka Tsubaki


バンクーバーに滞在しました。西海岸にあるので通常カナダの中では温暖なのに、今年は記録的な大雪。フライトがキャンセルになって大変でした。


初めて映画館へ初めて行ってみたのですが、スタッフに頼むと聴覚障害のある方用のデバイスを貸してくれて、これで字幕付きで見ることができました。


セクハラ防止のポスター「勉強を手伝ってくれたからといって、笑い合ったからといって、いい雰囲気だったからといって、遊び半分の作業だったからといって、あなたに借りがあるわけではありません」

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