ラブピースクラブはフェミニストが運営する日本初のラブグッズストアです。Since 1996

banner_2212biird

TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 風変わりなイースターのお出かけ

中沢あき2023.04.27

Loading...

4月の第二週末はイースターの連休だった。イースター、すなわち復活祭はクリスマスと並ぶ、ドイツ人にとっては大切な伝統行事。キリストの復活を祝う礼拝に行く人もいるけれども、このごろは宗教色より家族行事といった感じで、離れて住む家族や親戚が集まってプレゼントを交換しあい、ごちそうを食べる、またはどこかへ旅行に出かける人も多い。

連休前までバタバタだったわが家は特に予定も入れず、休みが始まる直前にあわてて買い出した食材で、お菓子を焼いたり、ちょっと手をかけたごはんを食べたり、近所の家族と散歩したりとのんびり過ごした。ちょっとはどこかに出かけたほうが子どもはうれしいかなと思って、車で郊外への遠足に出かけたりもした。

行き先は、車で郊外へ走って30分ほどのところにある、褐炭の採掘場である。ドイツではイースターに家族や友人たちと森などへ散歩に出るのが一般的な中で、その豊かな自然で過ごす時間とはほど遠い、ちょっとマニアックな場所。だが、近場のスポットを探したのと、ちょうど一年ほど前にとある仕事のために、ここにある世界最大の掘削機の動画をいくつか見ていたことで、一度は見に行ってみたいと思っていたのだった。

高速をしばらく走って郊外の街を抜けると、耕地が広がる風景の向こうに白い蒸気をモクモクとあげる発電所が見え、おそらくこの辺りだと見回していたら、車窓を流れる林の間から掘削機の上部が見えて、あれよ!あれ!と声を上げてしまった。私は機械マニアではないが、動画で見ていたあの巨大な機械が本当に見えたことに興奮してしまう。そして採掘場の脇の高台にある展望台のそばに車を止めて降りると、動画で見たとおりの広大な採掘場が目の前に広がった。

私たちの眼下に、何層にも掘られた跡の段々が広がるこの採掘場は、現在の面積は33・89平方キロメートル。採掘が継続すれば今後ここは80平方キロメートルまで広がる予定だという。掘られたいくつもの段が下へ下へと続いていき、一番深いところは300メートル近くの深さがあるという。掘られた層がそれぞれ違う色で遠くまで広がり続けていくその様子は、まるでグランドキャニオンみたい。畏敬すら感じさせる雄大な景色だ。

一方でこの人工の峡谷は、かつては平野で森も広がり、また4つの村が存在し、人々の生活がそこにあった。しかし炭力発電のための褐炭を採掘するために、電力会社がこの地を買い取り、人々は集団移転させられ、村や森が消えた後にあらわれたものなのだ。

年間4000万トンを産出するというこの採掘場を見回せば、遠く向こうに、さっき車から見えた巨大な掘削機が見えた。採掘場の他の位置にも点在するいくつかの掘削機はその高さが80メートルから90メートルを超え、バケツがいくつもついた回転式のシャベルが昼夜停止することなく稼働を続けているのだが、目を凝らすとそのシャベルが回転しているのが見える。

イースターの連休にわざわざ行くもの好きはいないだろうなと思いきや、展望台の駐車場はあらかた埋まり、カフェでくつろぐ家族連れが何組もいて、意外にもここは穴場の観光スポットでもあるのだと知った。しかしそんな簡単に観光スポットなどと今まさにこの時代に言えないのは、何年も前からここが炭力発電所だからだ。採掘による環境破壊への批判はまっただ中で、つい数カ月前にも部分停止していた炭力発電所があったのに、再稼働となり、それに伴う褐炭採掘量の増加に反対する抗議デモが激しく続いた場だからである。シャベルが回転している掘削機の向こう側に、その大きな抗議活動が続いているハンバッハの森があるらしい。この森の伐採と採掘場の拡大への抗議はもう何年も続いているのだが、昨年からのエネルギー危機によるエネルギー政策の変換により、炭力発電への依存率がまた高まってきている中で、抗議活動は再び激しさを増した。抗議に参加していた知人や友人たちのFBの投稿を思い出すと、この景色が雄大に見えたなんてとても口には出せない。

一方で私たちの日常を支えているこのエネルギーが少なくともこれまで、そして現段階では必要である事実を思うと、問題の難しさに思考停止におちいりそうだ。そもそも現代の生活がそうした矛盾の上に成り立っていることは頭ではわかっているが、その一方でこの大型機械の技術やエンジニアの知恵と発展、そしてこの人工的に作り出された風景の迫力を目の前にして畏敬を感じるのもまた事実なのだった。ちなみにこの採掘場は2040年ごろに採掘が終了した後は人工湖となる予定だというが、採掘時に出る危険物質で土壌が汚染されているとの話も聞くから、それはどうするのだろうか。

ひとしきり採掘場を眺め、そばの遊具で子どもを遊ばせてから、そこからさらに10分ほど車を走らせたところにある小さなお城を見に行った。きれいな池に囲まれた小さな城は無料で開放されているとホームページに書いてあったのをチラ読みしていたので訪れてみた。ちょうどその日はイースターのイベントも無料でやっていて、卵探しのゲームだとか、子ども向けのトランポリンだとか、どこぞのミュージシャンのライブ演奏に、城内のレストランが屋台を出して軽食や飲み物を、インフレのお財布には優しいお値段で提供していた。親切だなあと思っていたら、掘削をしている電力会社がスポンサーだった。この古城もその会社が史跡保存ということで所有して開放しているらしい。中庭に立つインフォメーションパネルについているその会社のロゴを眺めながら夫が「罪滅ぼしだよな」と言った。まあ、補償ってやつよね、日本の原発村と同じようなことかなと私も言った。

そんな小さな遠足に満足して帰宅して、イースターのガッツリメニューとして焼いた夕ごはんのローストポークを食べながら、二人とも同じ言葉が出た。今日のような矛盾した現実の上に自分たちの暮らしがあることをこの目で見たのはよかったと。

さてこれを書いている4月15日は、そんなドイツのエネルギー政策にとって歴史的な日となった。福島原発の事故以降、ドイツで推進されてきた脱原発政策の最終章とも言うべき、ドイツで稼働中だった最後の3基がこの日、運転を終了した。当初の予定では昨年末に停止するはずだったのが、ロシア-ウクライナ戦争によるエネルギー危機で冬の寒さの中のブラックアウトを回避するための政策変更だった。しかし相変わらずエネルギー価格が高いままで、かつ、ロシアに頼っていた天然ガスをすぐに補えるほどの代替エネルギーが十分でなく、地球温暖化対策とは真っ向から対立する炭力発電への依存が再び高まる中、世論調査では原発再稼働または稼働延長への賛成は6割を超えたという。

同時に、この冬のエネルギー危機を乗り越えるための政策の一つであった、連邦政府主導の省エネ対策が同日をもって終了となった。夫の予言どおり、わが家の窓から見えるドイチュテレコムのタワーに輝くフューシャピンクの「T」のシンボルライトが再びともった。冬は乗り越えたからという、しかし半年前の予測をもっての政策スケジュールだが、4月に入っても最高気温が15度を上回る日は数えるほどで、夜は0度近くまで冷え込む気候が続くこの春、いまだわが家も向かいの家々も、暖房はついたままである。大丈夫なのだろうか?

と、いろいろと腑に落ちない状況が続くので、いったい何が真実なのやら、報道を見聞きしてもよくわからないこのごろ。だが一つ、この目で見た事実として信じられるのは、先月に出張の移動の際に見た、電車の線路脇に続く森の木々が小雨の中でも枯れ倒れていたこと。そして、先の遠足の車中で見た道路脇の林、その木々がボロボロに枯れ、木の幹の灰色や枯れ葉の茶色の様相になっていたことである。寒い気候が続くとはいえ、水仙やクロッカスは咲き、桜も花を咲かせた中で、記憶の中にある春のように、これらの森や林に緑色があまり見えない。「いつもこんなだっけ?」といぶかしげに思ったというより、一昨年、昨年と続いた夏の干ばつと虫食いの被害で、ドイツ国内の森林が広範囲に被害を受けているというニュースを思い出し、背筋が薄寒くなった。目の前の灰色や茶色の風景は、気味の悪いほどの事実であった。今年の夏はどうなるのだろう。この春はそれなりに雨が降ってはいるけれど、枯れてしまった木は、生き返るわけではないことを思うと、恐ろしくなるのだった。



写真:©️ Aki Nakazawa
ちなみにこの採掘場の他にももう2つ、この周辺には採掘場があり、そして、東ドイツのほうの採掘場もこのエネルギー危機を受けて採掘を再開しています。原発が全停止したことは素直にうれしいです。福島の事故のあと、水や食べ物や空気の心配、そしてその状況の中にいた家族や友人たちのことへの心配、そして実はまだ終わっていない事故後のこと。それらのことを考えると、あんなことは二度と経験したくないと思います。けれども、枯れていく木を見ると、今のエネルギー産業や生活のあり方を早く切り替えていかないとと恐ろしい思いなのですが、いったい何が正解なのか……。

Loading...
中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

RANKING人気コラム

  • OLIVE
  • LOVE PIECE CLUB WOMENʼS SEX TOY STORE
  • femistation
  • bababoshi

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOPへ