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TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編  保育園というインフラの不全(後編)

中沢あき2023.11.15

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(承前)なんだかモヤモヤしたが、とりあえずその場はそうですかと電話を切った。もちろん、有休を取るのは働く人の権利である。しかし、保育士たちが有休を取るために、有休を急遽取っている保護者もいるというのに。さらにいえば、有休の人が1人ならまだ回る状況であるのなら、そもそも人手不足で始まった新学期なのだ。できるだけ保育士同士の有休が重ならないようにするなどの調整はできないのだろうか?

そんなモヤモヤを近所のママ友に話したところ、うちの子どもと同い年の子を別の市立の保育園に通わせている彼女はちょっと驚いて言った。「うちも夏休み前は人員不足が何回も起きてひどかったけど、夏休み明けから今のところはまだ起きてないよ」
その保育園も人員不足による自宅待機要請や休園が頻繁で大変な話はたびたび聞いていたのだが、彼女曰く、夏休みの前にとある保護者が思い立ち、市長への抗議文を印刷したハガキ一枚一枚に賛同する保護者が署名をしたものを、百枚近く投函したらしい。それが功を奏したかはわからないが、以前から決まっていた新任の園長が来て以降、「人員不足」の状況は起きていないらしい。「まだ風邪の季節でもないのにおかしいね」とそのママ。
さらに別の保育園に子どもが通うご近所さんにもこの話をしたところ、その保育園も冬に風邪が蔓延した時には「人員不足」はあったけど、今は起きてないわよ、とのこと。私の話を聞いてそのママは言う。「それって、園の調整ミスじゃない?今の時期にこんなじゃ、これから寒くなって風邪の時期になったら大変よね」ほんと、まさにそれ!

そうこうするうちに10月の初め、再び「人員不足」の通知が来た。そこで、呆れた投稿が続く保護者のグループチャットに提案してみた。「別の保育園では市長に手紙書いたらしいわよ。私たちも署名集めてやらない?」

するといくつかちらほら意見が上がる。手紙もいいけど、直接の面会を市長に申し込むのは?オンラインでもやってるらしいし。などなど。

しかし意外にも、実際にイニシアティブを取る人がいざとなるといなくて、誰も挙手をしないので、なんだか言い出しっぺの私が皆の意見をまとめる感じになってしまった。「えーっと、じゃあ私が下書きを書くから、誰かが清書してください。校正でも意見を追加するのでもいいから。そしてその手紙に面会の希望も入れておくのはどう?ただし私は話すのは苦手だから面会の場合は他の人がやってね」

しばらく後に、一人のママから返事があった。「私が手紙を書くわ!やりましょ!」

今回の「人員不足」は、小中学校の秋休みの時期とほぼ重なったせいで、登園する子どもたちもいつもより少なかったのが幸いしたのか、強制的な閉鎖には至らず、我が子はなんとか登園できていたが、その間にそのママは手紙を書き上げ、さて署名を、と思ったら、彼女は先にメールを自分の名前で市長に送ってしまった。一人で責任を負わせるみたいで申し訳なかったのと、一人の名前だと効力不足ではないかとも思ったが、それは胸にしまい、では、まずは市長からの返答を待って、どうするか決めましょう、と提案した。

さてその1週間後、市長の代理からメールが来た。丁寧かつ親切な文章ではあるが、まあ、差し障りないというか、期待通りの残念な回答であった。いわく「大変な状況は理解するけれども、現在我が市では、200名保育士が足りない状況であり、また保育士一人当たりの保育数を守らなければならない法的ルールの下では、これは仕方のないことであるのだ」と。うん、知ってるよ、それは。
でもさ、「保育士不足や保育士の病欠や休暇取得による保育サービスの不足」と書いてある部分に、またもやイラっときた。だからそこです。休暇取得はいいんだけども、その取得の仕方を現場の人がもう少し考えて調整してほしいわけ。それで防げることって、かなりあると思うのだが。市内には、保育士が足りなくて予定通りにクラスを開設できない園もあるから我慢しろとか言われる始末。いや、我慢とかじゃないんだよね、ここまで続くと。

州の家族相のお願いも、国のお願いも、市の行政のお願いも揃って皆、今、頑張って保育士を増やすべく努力しているのでどうぞご理解を、なのだが、そんなにすぐに資格を持った保育士が増えるわけではない。それが実現したとして、その頃にはこの子どもたちはとっくに卒園してるだろう。そうではなく、この危機的な状況をなんとか切り抜けるための緊急措置を考えてくれと言っているのだが、それが通じない。巷では保育士一人当たりの保育児童数の引き上げを検討していて、どこかでは保育士1名につき40名の割り当ての実験をしているとかいう記事も見かけたが、別にね、普段からやらなくてもいいのです。そうではなくて、病欠などでやむを得ぬ状況になった時に例外的に適応するとか、保護者からのヘルプを入れるとか、できることはあると思うのだが、おそらく行政は誰も責任を取りたくないのだろう。この人たちは動かない。

一人のママがチャットで呟いた。「彼らは『理解をお願いします』っていつも言うけど、私たちのことは理解してんのかしら??」
スペイン人とフランス人の夫婦の家庭のママがこう話していた。「だってスペインでは保育は必須だし、フランスでは保育じゃなくて3歳からは義務教育なのよ。ドイツは義務じゃなくて保育だから、行政は責任を取らずに親に責任を押し付けてるのよ!怠慢だわ!」

というわけで、今回の市長への手紙でもしかしたら園長や保育士さんたちが仕事のシフトや休みの調整を検討するような方向に向いてくれたりしないかと様子を見ているのだけど、これからぐんと気温が下がって風邪の季節がやってくるタイミング。まだこれからひと騒動ありそうだが、夫婦共に中学校教師の家庭なんて、子どもの面倒を見るために中学校の担任クラスを自習授業にしたりしているというから、保育園というインフラがきちんと機能しないことのダメージは家庭の問題にとどまらず、確実に社会が機能不全に陥る問題にと発展しているのだ。鉄道や郵便といったインフラがガタガタのドイツ。保育というインフラもまたメチャクチャである。大丈夫なのか、この社会は。



子どもたちが園で工作した、11月の聖マルティン祭のためのランタンです。いつも子どもに愛情深く接してくれる保育士さんたちには感謝いっぱいなので、まるで苦情を入れるようで心苦しいのですが、この危機的な状況を打開するには、どうしても現場の彼らの協力も必要です。

親も大変ですが、子どもたちも、コロナ禍からずっと途切れなく通園することができずにいる子どもたちもまた、政治や社会の事情に振り回されています。メルケル政権の初めの頃、移民の統合政策の一つとして、3歳以上の子どもの幼稚園での早期教育が推奨されていたと思うのですが、幼稚園を新しく作っても保育士がいない状況では機能しないですよね。ちなみに小中学校、高校の教員不足も深刻になっており、子どもが卒園した後はすぐに学校で同じ問題にあたるのではないかと保護者たちは不安を抱えています。とはいえ、雇用条件の改善だけではこれらの人手不足は解消できそうにない、割と根深い社会問題があるのではないかと最近感じ始めたのですが、その話はまた別の機会に。

©️: Aki Nakazawa

 

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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