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自分のことを好きになってくれたのに、彼女を守ってやれなかった…?

牧野雅子2016.12.22

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 自分には、墓場まで持って行かねばならない過去がある、と言いだしたのはW氏だった。とある勉強会後の懇親会で、初対面にもかかわらず、自分の方から、聞いてくれとばかりに話してきたのだった。
 W氏の話をざっくりまとめると、こんな感じ。仕事で知り合った若い女性(Mさんとしよう)から恋心を抱かれた。その気持ちを知って一緒に食事に行ったり、飲みに行ったり、ドライブに出掛けたりした。W氏は既婚者。Mさんは、W氏の奥さんに悪いから、と、身を引くことにした。けれど、W氏を好きな気持ちを抑えきれず、心を病んでいった。しばらく前に、偶然、消えてしまいそうな程痩せた姿で街を歩いているのを見た時、いたたまれない気持ちになった。オレのせいで、オレを好きになったせいで、オレが彼女の思いに応えられなかったせいで、彼女が不幸になってしまった。オレはなんて罪なオトコなんだろう。
 墓場までというからには、誰にも言えない、自分の中だけにとどめておく話のはずだが、初対面のわたしに、それも、勉強会後とはいえ、酒がらみの懇親会の席で、ぺらぺら喋るってどういうことなんでしょう。W氏のみならずMさんのプライバシーまで喋ってるし。聞くところによると、わたし以外の人にも(それも女性ばかり)、同じ話をしているというじゃないですか。酒が入っていることもあって、大きな声と大げさな口ぶりは、たとえ墓場に持っていったところで墓の中から響いてきそうなほど。

 WさんはMさんのこと、好きだったんですか?
 「好きになってくれたんだよ」
 で、 Wさんは?
 「彼女がね」
 じゃなくて、Wさんはどうなんですか、Mさんのこと。
 「悪いと思うよ、オレなんかに。妻も子どももいるのに」
 だから、Wさんは?
 「相手がオレじゃなかったら、彼女も幸せになれたはずなのに。オレは一生罪を背負って生きていかなくちゃいけないんだ」

 この、話が噛み合わない感じといったら! わたしは、W氏がMさんのことをどう思っていたかを訊いているっていうのに、W氏は、自分がMさんに思われていることしか語らない。Mさんを使って、自分のモテ自慢をしているだけだ。
 大体、W氏はハナからMさんのことを恋愛対象としては見ていなかった。それなのになぜ、食事に誘ったり飲みに行ったりしたのか。自尊感情を満足させてくれたから。オレってモテる、オレってスゲーって思わせてくれたから。けれどそれは、MさんがW氏にとって都合のいいオンナだったから、ではなくて、W氏が都合よく利用したからにすぎない。もし、本当に彼女のことを尊重していたのだとしたら、モテ自慢として語らなかっただろう。Mさんのプライバシーまで話すこともなかっただろう。W氏からは、最後まで、Mさんを心配する言葉は一切聞かれなかった。

 W氏の語りは、自分という存在のせいで彼女の人生が狂ってしまった、ああ、罪な自分! という、酒のみならず自分に酔ったものだった。その「罪」というのも、オレは彼女のココロを盗んでしまいました、ああ、なんて罪なオトコでしょうかっ! オレに魅力があるからいけないのですっ! とでもいうようなバカバカしさ。
 若い女性に思われて、いい気になっている。その上、そのことを女性に語らずにはいられない。おまえよりも若いコからオレは思われているんだぞ、と、魅力ある自分を自慢しつつ、目の前の女性たち(って、この場合わたしですけど)を、貶めようとする。おまえより若さという価値のある女性から、病むほど思われたオレってすごいだろう。

 W氏は言う。「自分のことを好きになってくれたのに、彼女を守ってやれなかった自分が悔しい」。
 え? 守る? 今、守る、って言いました?
 「彼女の思いに応えられなかった、守ってあげることが出来なかった」
 守るっていう言葉が、恋愛相手になる、付き合う、みたいなことになってますけど。
 「だって、家族がいるから。結婚しているから。オレは彼女を守ってあげられない」
 恋愛関係になることが「守る」ことだなんて、自分の好きに定義するなっつーの。仮に、W氏の定義通りに守れたとしたらどうなるんだろう? いわゆる不倫状態になること? 妻子と別れてMさんと付き合うこと? おかしいでしょう、それ。

 モテ自慢として語るには、妻子がいる常識ある社会人という自分の立場・イメージが許さなかったのだろう。「守れなかった自分」という、自分の至らなさを前面に出すことで、モテ自慢をしているわけではないのですよ、自分に非があることも分かっているのですよ、それを自覚する知性も善意もあるのですよ、とややこしく自分をアピールしているのだ。ここでは、「守れなかった自分」は、恥ずべきことではない。Mさんが一方的に思いを寄せたことになっているのだから。
 「モテるオレ」を女に認めさせたい、出来れば目の前の女を悔しがらせて、貶めながら。そのために用いられる「守れなかった自分」。マモルくん、単純なんだかややこしいんだか。

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牧野雅子

牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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