ラブピースクラブはフェミニストが運営する日本初のラブグッズストアです。Since 1996

banner_2212biird

TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 世界で一番幸せな国のトイレ

中沢あき2024.05.09

Loading...

3月末から子どもを連れて一時帰国していた。休みが都合よく取れなくなる小学校入学前に、春の日本と桜を見に行こうと思ったのと、家族の手伝いなど諸々を兼ねて。
ドイツの学校は厳しい。決められた休み以外で個人的な理由で休むのは認められない。夏休み直前、まだ値段の安いフライトで飛び立とうとする子連れの家族を、空港で教育委員会と警察が見張っている、という話もあるほどだ。まあ旅行好きのドイツ人だから、ルールが緩いと無断欠席多発になるのかもしれないけど。 

まだフライトの値段が安い3月前半には仕事の都合で出発できず、それでもやや安めの値段を見つけて飛んだのが3月末。子どもも長距離移動にだいぶ慣れてきたので、今回は初めて乗り換え便を選んでみた。その乗り換え地はヘルシンキ。ムーミンに会えるらしいよ! と子どもの気分を盛り上げておく。
私がフィンランドに初めて行ったのはちょうど18年前。飛行機で行ったはずだが、空港の記憶がない。あるのは、3月の雪解けでぐしゃぐしゃになった道を日本で買った薄い靴底のブーツで歩いたら足がずぶ濡れ、凍えて半泣きになっているところを人懐こいアル中に何度も話しかけられたり、道で滑って疲れた上に彼と喧嘩したりという悲惨な思い出。
しかもあの頃のフィンランドは、世界一自殺率が高い、鬱病患者の多い国として有名で、実際、フィンランド出身の友人も鬱で休職したりと、私の中では暗いイメージの国だった。雪の北国で必要なのはレザーブーツではなくてゴム長靴だということを知らなかった私も疲れと寒さでそれこそ鬱気味になり、そんな私に話しかけてくるのもアル中くらいなのかとガックリした。日本では映画などの影響で北欧ブームが起きていたが、それはあの暗くて憂鬱な冬を乗り越えるための知恵だと思うと、私はこんな国には移住できん、と思った。
まあ今回は乗り換えだけ。噂に聞くムーミンカフェにはぜひ行ってみたい。初めての乗り換え地なので、ネットで検索して簡単に下調べすると、あら、素敵な写真やエピソードが出てくる。近年、改装や整備拡張工事を行なっていて、快適だとか便利だとかきれいだとか。

今回この乗り換え便を選んだもう一つの理由は、最初の出発地が近距離電車でも行ける空港だったから。何度かコラムでも書いたが、ドイツ鉄道は当てにならない。特にこの冬から春にかけてはいつものダイヤ混乱に加えて、従業員のストライキが繰り返されていた。そしてドイツの航空会社もまた同じく、度重なるストライキに加えて、従業員不足で乗客の少ない便を突如運休にしたりするので、信用できない。だから万一の事態でも、夫の車やタクシーで移動できる距離、そしてドイツ系以外の航空会社をと選んだわけだ。信頼できないインフラに金は払えない。事実、私たちが飛ぶ数日前も鉄道ストライキが起き、そして当てにしていた近距離電車は工事だとかの理由で空港までの直通路線が消えて乗り換えルートしかないダイヤに変わっていて、私は呪いの言葉を吐きながら、乗り換え駅で2つのスーツケースと子どもと共に別のプラットフォームに移動した。
幸いエスカレーターはちゃんと動き、近くにいたおじさんが手伝ってくれたのでありがたかったが、大きな駅のエレベーターやエスカレーターも故障して動いていないことも度々あるので、そういう事態を想定するだけでもストレスだ。まあ、周りに人がいればたいがい助けは得られるのだけど、そんな善意に甘えてるんじゃないだろうか、この国のインフラは。

それでも大きな問題に当たることなく空港へ着き、手続きも滞りなかったが、ちょうどイースター休暇に入ったばかりで旅行客が多かったのか、トイレがどこも長蛇の列で、搭乗前に子どもを連れて行った時はちょっと焦った。搭乗口近くのトイレとはいえ、3個しかないのだから、そりゃ並ぶわ。
さて乗り込んで離陸。まずは欧州内のフライトだから提供されるものも限られていて、無料なのはお水とフィンランド航空のシグネチャーだというブルーベリージュース。IKEAとかで売ってそうな味で、まあこんなもんか。一緒に配られた紙ナプキンに印刷されたパターンはマリメッコだった。おお、さすが、フィンランドのシグネチャーだね。

約2時間でヘルシンキに到着。飛行機を降り、空港ロビーに移動して思わず声を上げた。
「うわー、おっしゃれー!」
木材とガラスを駆使したシンプルな、いわゆる北欧デザインのレストランやカフェ。フィンランドといえばもちろんお馴染みのマリメッコやイッタラの店頭の商品の色やデザインも目に入るが、普通に空港施設や店舗のデザインがすっきりかつ心地よい造りで素敵なのだ。
噂通り、これは確かにオシャレだわ。単にオシャレなだけではない。デザインとは設計であるわけで、使い心地や利便性、効率も考えられていなければそれはグッドデザインではないのだが、空港のトイレはまさにそのことを感じる造りだった。まず広い。手洗い場の前も個々のトイレ内も広くて、持ち込みのトロリーケースや大きなバックパックを持っていても、子どもと一緒に入っても狭さを感じない。
トイレ内に据え付けられたバッグなどをかけるフックも、大きく頑丈で二股になっているから複数のバッグを引っ掛けることができる。ドイツの公共トイレは最近、なぜかこのフックが取り外されたままになっていて困ることが度々あるので、余計にそのありがたみを感じる。洗面台も大きく広々としていて、5、6歳児の体格なら蛇口まで手がなんとか届く造りになっていて、皆にやさしい造りになっていると感じる。これぞデザインの真髄だよね! と、トイレで感動する。

かの有名な(?)ムーミンショップでニョロニョロたちと記念写真を撮り、ムーミンカフェでコーヒーとスムージーと共にひと休み。そういえば我が家のぬいぐるみのムーミンは、件の友人が昔、ヘルシンキ空港で買ってきてくれたものである。国を代表するキャラクターなのね、ムーミンは。フィンランドがデザイン先進国として有名なのは知ってはいるけど、あらためてこうして体験すると、デザインの勉強をしたい人がやってくるのは納得だ。

東京行きの飛行機に乗り込んだ後の機内サービスもまたシンプルであった。配られた機内食は、期待していたアイスクリームがコスト削減なのかついてこなかったのは残念だったけど、紙製の容器に木製のカトラリー、コップもプラスチックと紙製が半々くらい。トレイ以外のものは全て簡単に廃棄できるもののようだ。他の航空会社に比べるとゴミの量も少ないように感じる。確かにサスティナビリティといえばそうなのかな。
東京に着いた後、お馴染みの過剰包装ですぐにいっぱいになるゴミ袋を始末しながら母が呟いていた。ほんと、すぐにゴミが出るのよねえ……。とはいえ、刺身とか生の食材が衛生的にかつシステマティックに流通するためにはこの包装も必要なんだろうなとは理解する。だから近所の古くからある魚屋や八百屋の簡単な包装を見つつ、これらの店がなんとか残っていってくれることを願うのだけど、数年後にはどうなっているだろう。

閑話休題、話はまたフィンランドのことに戻る。3週間の一時帰国が終わった帰りのフライトの機内サービスで「Happiest Country in the World: Finland(世界一幸せな国 フィンランド)」というドキュメンタリー映画を見た。たびたびニュースになっているが、フィンランドはこの6年連続で、世界一幸せな国とランクづけされている。厳しい冬の気候にも関わらず、なぜ幸福度が高いのか、それを米国の女性ジャーナリストがインタビューで綴った1時間弱の映画である。
子どもの発育の可能性を尊重した無償の教育。外国人留学生ですら低額で学べる高等教育。犯罪者の社会復帰を促すために塀をなくし、受刑者の権利も尊重しながら生活を営むことを再教育する刑務所。移民の受け入れ体制や社会への参加をサポートする制度とそしてサウナの習慣。サウナはフィンランドの人々には欠かせないものだそうで、件の刑務所にもサウナが必ずあるんだとか。もちろんこれらの制度を運用するためのベースは高い税金だが、これが本当に機能するなら、払うに値する。
子どもについても、受刑者についても、移民についてもキーポイントとなるのが「教育」だ。この教育に国や社会が多大なお金と時間と労力を注いでいることがわかる。これは真の投資だ。この改革が始まったのは18年くらい前とインタビューで言及されていたから、私が訪れたあの暗い時期の頃から始まったことなのだろう。つまり、あの状況を抜け出すために国全体が投資してきた結果の未来がこれなのかな、と考えさせられた。

帰りの乗り換え時間が短くて、ムーミンカフェも横目に、でもムーミンショップのニョロニョロには手を振りながら入国審査と荷物検査を駆け抜けて乗った飛行機は、早朝のドイツに到着した。朝に到着する飛行機が少ないせいか、静かで人気のない荷物受け取り場のトイレに行ったら、ユニバーサルトイレの扉が開いたまま、赤白のテープが貼られていた。故障か……。通常のトイレは普通に使えたけれど、大きなリュックを背負って子どもと一緒に入るのはやっぱり狭い。朝の清掃時だったのできれいだろうと思って、リュックは床に置いたが、羽田空港やヘルシンキ空港のトイレを見たあとでは、なんだかみすぼらしくて心地いいとはいえない。

空港からの帰りの電車はそれほど待たずに済んだけど、遅延でやってきた電車だったので、なかなか混んでいた。待たされた人たちが一気に乗り込んだのだろう。プラットフォームの時刻表示には遅延数十分と全ての電車についている。あーあ、ドイツに帰ってきたね、ってどういう感慨なんだかと苦笑する。
空港まで迎えにきた夫とそれぞれ1つずつスーツケースを引き、着いた中央駅で地下鉄に乗り換えるとき、階下のプラットフォームへ移動するべくエレベーターへ向かったら、入り口付近が濡れていて嫌な匂いがした。
「ん?これは?」と家族揃って警戒して後ずさり。そこへ上がってきたエレベーターの扉が開くと、中の床には大きな水たまりができていて強烈な匂いを放っていた。最低……。全員踵を返して、結局荷物を持ち上げて階段を降りる。一応、先進国のはずなんですよね、ここ。
しかしなんというか、ドイツ、貧しくなったな……と感じてしまった。荒んだ感じが、こんな街の中心や空港のような大きなインフラスペースにも現れるのは、今のこの国を象徴しているよなと思う。保育園も学校も人手不足で授業もままならず、国際学力評価でもレベルがダダ落ちのドイツ。ここぞと教育や文化にお金や力を注ぐべきが、お金の行き先は戦争。なんか、違うんじゃないですかね?

©︎: Aki Nakazawa

と、またまた不満で終わってしまいましたけど、空港のトイレの差からして、もう歴然でした。いくらヘルシンキが首都とはいえ、私が利用したドイツの空港も一応国際空港で規模はそれほど変わらないはず。インフラや教育など、社会のバックボーンとなるべきところにお金が十分に行かない国は滅ぶ、と常々思ってますが、まさかそれをドイツで感じるようになるとは、悲しい……。
青少年への影響を憂う知識層や専門家の反対にも関わらず大麻解禁。部分的にとはいえ、10代の子どもが朝起きられないのはホルモンのせいだという医学情報をもとに授業開始時間を遅らせる学校だとか、本当にこの国の教育、大丈夫ですか?と不安になるニュースが続いてます。大丈夫かしら……。

Loading...
中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

RANKING人気コラム

  • OLIVE
  • LOVE PIECE CLUB WOMENʼS SEX TOY STORE
  • femistation
  • bababoshi

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOPへ