映画・ドラマに映る韓国女性のリアル (23) 差別に立ち向かう辛淑玉さんのドキュメンタリー『ホルモン』
2025.10.06

8月下旬に韓国で開かれたEBS国際ドキュメンタリー映画祭で、イ・イルハ監督の『ホルモン』が大賞に輝いた。私は先に5月の全州国際映画祭で見ていたが、全州でも最も注目を集めた作品の一つだった。差別に立ち向かう在日コリアン3世の辛淑玉(シン・スゴ)さんを追ったドキュメンタリーだ。
ホルモン焼きは、在日コリアンが広めたとされている。戦後、食糧難の中でたくましく生き抜こうとした在日の象徴でもあり、「夢」は韓国では「モン」と発音するので、イ・イルハ監督は「夢をあきらめない」という意味も込めたようだ。
全州映画祭では上映後のトークに監督だけでなく辛淑玉さん本人も登場し、客席から拍手と歓声がわき起こった。鋭い論客で知られる辛淑玉さんだが、観客の前では照れくさそうに笑い、ユーモアたっぷりのトークで魅了した。
イ・イルハ監督はドキュメンタリー映画『カウンターズ』(2017)を撮る過程で、辛淑玉さんに出会った。『カウンターズ』にはヘイトスピーチに対抗して闘う人たちが登場する。辛淑玉さんはヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク「のりこえネット」という団体を2013年に共同代表として立ち上げ、活動している。
イ・イルハ監督は「辛淑玉さんのことはそれ以前からテレビなどで知ってはいたが、実際に会うと人を惹きつける包容力があり、この人の映画を必ず撮りたいと思った」と語った。
一方、辛淑玉さんは当初ドキュメンタリー撮影の提案に「ものすごい嫌だと思った」と振り返る。それでも応じることにしたのは、「逃げるのは恥ずかしい」と思ったからだ。「日本でレイシズムの嵐が吹き荒れる中、イ・イルハ監督だけが果敢に記録を残そうとしている姿を見て、監督を尊敬するようになり、恥ずかしくない大人になりたいと思った」と打ち明けた。
『ホルモン』の主軸となるのは、「ニュース女子」事件だ。沖縄の米軍基地反対運動について取り上げた番組「ニュース女子」で、辛淑玉さんが名誉を傷つけられたとして制作会社のDHCテレビジョンに損害賠償などを求める訴訟を起こし、2023年に辛淑玉さんの勝訴が確定した。勝訴後の会見で辛淑玉さんは「番組は沖縄の平和運動をたたくため、在日朝鮮人女性という私の出自を利用してデマを流し、いくつもの差別が重なっていた」と述べた。結果が勝訴だったのもあり、映画は差別がテーマながら、爽快感すら感じられた。
ただ、パワフルな辛淑玉さんでも「ニュース女子」事件後の匿名の大衆の攻撃に耐えられず、一時は日本を離れてドイツへ留学していたという。実は5月に『ホルモン』を見た時には「数年前まで日本のヘイトの雰囲気、息苦しかったな」と思い出しながら、過ぎたことのようにも感じていたが、7月の参院選で「日本人ファースト」をスローガンにした政党が躍進し、再びヘイトの雰囲気が広がっているのには正直うんざりした。
一方で、7月発売の『週刊新潮』で外国にルーツがある人への差別的なコラムが掲載され、名指しされた一人、作家の深沢潮さんが会見を開いて抗議した。これに続いて多くの作家や研究者が連帯して声を上げ、連載コラムは終了となった。
在日コリアン2世の朴壽南(パク・スナム)監督と娘の朴麻衣さんが共同で監督したドキュメンタリー映画『よみがえる声』も日本で8月から公開中だ。朝鮮人被爆者や沖縄戦の朝鮮人元軍属、元慰安婦ら歴史に埋もれた人たちの声をよみがえらせた。差別に対抗する韓国ルーツの女性たちの活躍は頼もしい。
『ホルモン』も日本での劇場公開を目指していると聞いている。ぜひ『ホルモン』を見て辛淑玉さんのパワーを受け取って、ヘイトの雰囲気を浮き飛ばしてほしい。