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ある日酔っ払いのわたしは、ススキノからタクシーに乗っていた。
何軒も檀家回りをしたため、財布の中にはほとんど現金が残っておらず、 手持ちの金でどこまで乗れるのかを考えながら、 助手席へ身を乗り出してメーターを凝視していた。
ふとずらした視線の先、メーター横。 運転手の写真と名前のパネル。
酔っ払いの目、瞬間的にピントが合った。
うん?見たことある この人知っている、あたし
走馬灯な脳内。 古いタイプのコンピューターがういんういん言いながらリサーチしている様。
あ、、、、思い出した この人、モナコの男だ
バブルがはじけた頃、社会人デビューしたわたし。 はじけたとは言え、まだまだ世の中は好景気。 これからひたひたと忍び寄るであろう不景気の欠片に怯えてはいたが、昨今のような暗い陰湿な空気感は皆無だったような気がする。
テレビ業界も元気だった。 夜毎繁華街に繰り出して、語るのは熱い映像論と恋愛自慢。 これから制作費削られて大変だぞ、と言いながらも帰りに先輩は必ずタクシーチケットをくれた。 そしてそれぞれが、大人の時間を過ごすため夜の帳に消えていく。
そんな中、バブルが崩壊した1993年に北海道初の国際認定レーシングサーキットがオープンした。計画していた時はよもや経済が破綻するなんて想像だにしなかっただろうね。
ここで開かれた何かのレースを取材した時知り合ったのが、プライベートでレーシングチームを持つ会社社長だった。まあ所謂、ヤンエグ(死語)ね。 年齢はヤングなはずなのに、いかんせん顔が地味でオジサンに見えた男だった。
仕事のあと、ちょくちょく食事誘われ、何かデートの体をなすようになってきた。 食べ物のセンスはそんなに悪くなかったし、レーシングチーム持っているという理由やその実行力などに興味あったし、デートのたびに迎えに来る外車が違っていたし。なんかおもしろい、この人って。
ある日わたしを迎えに来たのが、真っ赤な車高の低い車だった。 そう、フェラーリ。 フェラーリよ、フェラーリ。 ウン千万円の車、よね。
生まれた初めて乗ったけれど、 車高が低いから体感スピードがものすごく早く感じて。 隣の車線を走る車の人が覗き込んで来たりと、かなり見世物カーでもあった。 そこに優越感を感じるのだろうけれどね、車好きは。 わたしは運転免許を所持していない車音痴。
「これだけ車高が低いと冬大変ですね〜」 『この車はね、夏しか走らないよ。雪道の轍には合わないからね。』 「え?じゃあ、1年の半分も乗らないの?」 『そうだけれど。それがまたいいんだよ』
ふーーーーーーん。 ヤンエグだからなのか、成金だからなのか、 単に車好きだからなのか、あまり理解できない理由。
『フェラーリはじゃじゃ馬なんだよ。エンジンも(どんなに大変なのかの話)扱いも(どんなに手がかかるかの話)だから、まるで君のようだよ』
はい? じゃじゃ馬? シェイクスピア? 女と車と馬、並列? めっちゃ笑える、けれども。
助手席に座る女の若さは男のステイタス。 その女にとって外車は自分のアクセサリー。 お互いの利害の一致をデートという表現でボカす恋愛ゲーム。 これぞバブル時代の男と女。
いくら車音痴でも、いつも乗れるような車ではないのでわたしの虚栄心は満たされ、フェラーリ乗ったエピソードに友人も驚いていたからネタにはなるなと踏み、以降もなんとなくヤンエグとデートを重ねていた。
ある日、2枚のチケットを渡された。 F1 モナコグランプリのチケットと、モナコ行き航空券だった。
わぁ!モナコ素敵!グレイスケリー!一瞬広がる夢。 『一緒に行こうよ。楽しいよ。こんなチャンスないよ』 男が手を握り体を寄せ肩を抱きながら言ってきた。
これ、婚活女子にとっては、 めっちゃ嬉しいシチュエーションに違いない。
しかし、わたしには違った。
まんこがキュンキュンしなかった。 濡れるどころかまんこ凍りつき、背筋に悪寒。
面食いだからでしょ? 違う。 オッサンだから? あ、それ近い、、、
オッサンなのは顔だけならば、いい。かわいいって思える。 セックスも、まあできる。 でも、金で意のままにしようとする行動がオッサンだったから凍ったのだ。 金をチラつかされるとまんこは凍ると初めて知った。
ヤバい、マジにヤるつもりだ!愛人コース一直線だ!
「うふふ。海外旅行は、ママに聞かなきゃ…ごめんね。ひとり娘だから。」との言葉を残しこれを機にわたしはドロン。
わたしがモータースポーツ好きなら迷いながらもモナコのためにセックスしただろうな。 しかしわたしは車音痴の極み。
わたしがお金持ちの男が欲しいと思っていたら何も迷わなかったよな。 しかしわたしは男に金を求めない。
以来、フェラーリは乗る機会が無い。
あ、、、、思い出した この人、モナコの男だ あの時の、フェラーリの、セックスしなかった男だ
メーター横の名前プレートを見て思い出した酔いも瞬間冷め、 顔を隠しながら急いで降車した。 ちらりと見えたのは、白髪とシワに覆われた20年前のあの顔。 オッサンが本当のオッサンになっていた。
あれからどんな人生だったのか
レーシングチームを持っていた頃が幸せなのか タクシードライバーをしている今が幸せなのか それは彼しかわからない
わたしはね もちろん幸せよ
、、、、、とまとめたら締まるなと思いつつ、 財布に金がない状態でハラハラしながらタクシー乗っているくらいの小市民で、 いやぁカッコ悪りぃな現実ってとぽりぽり頭をかきながら、 男と女が粋がってたあの時代に異質さと懐かしさを感じて今日も生きています。