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TALK ABOUT THE WORLD ドイツ編 政治の場に見る「開かれた社会」

中沢あき2015.09.11

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こんにちは。今月からこのコラムを担当させて頂く中沢あきです。在独生活も11年目に突入、ドイツ生活経験の中堅者の視点であれこれ、ドイツにて気がついたこと、ドイツから眺める日本について思うことを綴っていこうと思います。
というわけで、初回の記事のネタを探そうと町に出て見回せば、目に入るのはあちこちに立つ選挙立候補者のプラカード。私の住むノルトライン•ヴェストファーレン州では、この9月に各所で市長選が行われます。私は日本国籍である為に選挙権はありませんが、自分の住む町の市長が誰になるかは、やっぱり関心が湧くもの。色々な行事でお見かけする現市長もユーモアのある方で私は好きですが、勿論人柄だけではなく、やはり各市長によって行政の方向も変わるのでこの町に住む身としては次の市政は気になります。文化関連事業に関わる立場としては、ぜひ文化方面に理解のある人になって頂きたい。プラカードを見ると、今回は児童に優しい市政をアピールする若手の立候補者とこの町で初めての女性市長を目指す法学者の立候補者の選挙戦になるようです。

女性の立候補者といえば今は日本でも、市長から県知事、内閣大臣のポストまで女性が政界に進出していますが、ドイツはご存知、女性のアンゲラ•メルケル首相が既に3期目で在任10年、更に次期首相選にも出馬の意向を表明したとか。前回の選挙では彼女が所属する政党以外の支持者ですら、首相はメルケルがいい、と言う人が多かった程、彼女への信頼は大きいです。ちなみにメルケル首相の愛称は「Mutti(ムッティ)」。日本語に訳すと「お母ちゃん」といったところでしょうか。そのくだけた表現が彼女の人気の高さを物語っています。

女性の首相に代表されるように、日本に比べて女性の社会進出が際立つドイツですが、社会において”平等に”機会を与えようという姿勢は何も男女差の問題に限ったことではありません。それを正に体現しているなあと思ったのは、2009年に発足した第二次メルケル内閣の顔ぶれ。敢えて差別的表現で紹介すると、女の首相の内閣の財務大臣は車椅子の障がい者、外務大臣はゲイで保健大臣はアジア顔。いわゆる"社会的弱者"が国のトップとして採用され活躍することに、うーん、日本じゃ考えられないなあと驚いたと共に、そんなドイツ社会がカッコいいなと思ったものです。来日した際に同性のパートナーを同伴していた(しかし日本ではそのことは触れられてませんでしたが)その外務大臣ヴェスターヴェレ氏も、ベトナムの戦争孤児として生まれドイツ人家庭で育った保健大臣のレスラー氏も、2013年の総選挙で所属する党が大敗したので現内閣にはいませんが、財務大臣のショイブレ氏は今も車椅子を自ら駆ってギリシャの財政問題に大忙しです。

そのレスラー氏が「自分がここまで昇進できたのは、開かれたドイツ社会のお陰」と述べたように、性差から人種差など、あらゆる差や違い、ということに対して開かれた社会であるように努力を続けているのがこのドイツという国だと思います。勿論現実的にはまだまだ差別はあるのです。雇用や職場においてまだ女性が不利である話は聞きますし、人種や宗教の違いから生まれる差別の話も大小の程度はあれど日常茶飯事です。でもそれを失くしていこうとする動きが止まることはないし、公の場から日常生活においてこうした事には皆が敏感で、差別を許してはならないという社会の雰囲気は絶対です。時代と共にドイツ社会における移民の数が増えてきたことも背景にはあるでしょう。外見から文化習慣、思想に至る迄、実に様々な人たちが一緒に生きていかなければならない社会においては、寛容という概念がないと社会が成り立たなくなってしまいます。

私の住む町は大都市で外国人も多いからかもしれませんが、不思議に思っていたことがあります。どう見ても明らかに「外国人」である私に、道を尋ねてくるドイツ人(見た目と話し方からしておそらく)がよくいること。見た目が「外国人」である人に道を訊くなんてまず有り得ない日本から来た私には、そのことが不思議でした。だって「見た目外国人」は旅行者でよそ者だったり、ドイツ語が理解出来なかったりする可能性が高いじゃないですか。周りにたくさん「ドイツ人らしき」人がいるのに、なぜこのドイツ人のおばあちゃんはわざわざ私に訊くんだ?(勿論ちゃんと答えましたよ、つたないドイツ語で…)

それはきっと、今のドイツ社会では様々な人がいることが当たり前になりつつある、ということではないかと思います。1960年代からトルコ人などの移民を労働力として多く受け入れてきたドイツでは、既にドイツで生まれ育った移民の世代もいて、それはそれで移民社会の孤立化という問題も生み出してはいるのですが、そうした問題にも取り組みつつ、様々な違いを受け入れる寛容な社会を目指している姿勢は、無意識のうちに私に道を尋ねてくる人たちの中にも浸透しているのではないかと思えます。そうでなければ、例え「外国人が!移民が!」など、チョットそれ差別?かもの微妙な言葉を言う人が、一方で「見た目外国人」に道を訊いたり話しかけたりはしないでしょうし、ましてや、内閣大臣にアジア顔の人が選ばれる、なんてこともないと思うのです。性、人種、宗教など様々なことにおいて「自分と違う」ことを受け入れる寛容な社会は、誰にとっても居心地のいい場であるはず。例え理想でも、それを目指して努力を続ける社会の姿勢には、勇気づけられることもしばしばです。

<写真解説>日本のような全候補者の選挙ポスターが一同に貼られた掲示板はなく、各候補者の野立て看板やポスターが町のあちこちの電柱などに括り付けられています。車に乗った人たちの目につくよう、大通りの脇にたくさん掲げられているのは、車社会のドイツならでは、でしょうか。

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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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