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押し寄せる難民と安保法案

中沢あき2015.10.09

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連載第二回目は別の話題を用意していたのだけど、ただ今一時帰国中で直にこの日本の状況を見て、やはりこの話題に触れないわけにはいかないなあというわけで。

9月中はテレビをつければ、連日、安保関連法案と欧州に押し寄せる難民のニュースが流れていた。この二つ、それぞれ遠く離れた場で起きている事ではあっても根底では繋がっているものだと思っている。

日本でも報道されているこの難民問題。ドイツを始めとした欧州各国にはこれまでの規模を大幅に越える何十万人という難民が一気に押し寄せ、その受け入れに欧州各国が頭を悩ませている状況だ。
特にドイツはメルケル首相が受け入れを表明し、8月末からの数週間で既に3万人以上が国内に到着したものの、その急増する人数に対応し切れなくなることを恐れて再び周辺国との国境警備を強化し、各国にも難民受け入れと財政支援を提案している。これらの難民の中でも特にシリアからの出国者が報道されているけれども、実際にはアフリカやその他中東諸国、パキスタンやアフガニスタンからの出国者もいて、どの国も紛争によって情勢や経済が悪化し、その地に暮らしていけなくなった人々が難民として、正式な出国や入国手続きをせずに陸続き、または海を渡って欧州へやってくる。

そもそもドイツを始めとした欧州各国はこれまでも難民の受け入れはしてきたけれども、その数は徐々に増え、ここ数年はイタリアやギリシャの陸を目指した難民たちの船が地中海で沈み、何千人という犠牲者を出し続けて問題にもなってきたところに、今回のような大規模な流入が起きた、というわけだが、難民として故郷を去らざるを得ない程にまで国が荒れた背景には、その国の国政の責任だけではなく、「平和協力」の名義で派兵や武器を送り込んだ欧州の国にも責任の一旦はあり、難民の受け入れもある意味当然という見方もある。

9月初め、ミュンヘン駅に列車で到着した難民たちを市民たちが拍手で迎えたシーンには、夫も私もテレビの前で思わず涙ぐんでしまったけれど、今後の現実的な対応の難しさを考えると、ただ感動の物語で終わる事ではない。自ら支援を買って出てくるドイツ国民の草の根の気持ちや行動がこの先も継続していくようにと願うばかりだ。

その難民流入についてのドイツでの話はまた今後の経過も追っていずれ書きたいと思うが、一方の日本はこの数週間、安保関連法案を巡って大きく揺れた。先に言っておくが、私は安保法案には反対の立場だ。法案が強行採決されて「法制」と報道されているけれども、多くの人々と同じく私もこの「成立」を認めていない。
個人的な見解をもう少し説明すると、憲法9条改正案にも反対だけれども、これについては自衛隊の保持の矛盾など確かに賛成派の意見にも一理あるとは思うので、まだ議論の余地有りと思っているが、集団的自衛権については議論の余地無く反対だ。

与党や賛成派が繰り出す「周辺国脅威論」にも「積極的平和主義」にも全く論理を見出せない。自国を守る自衛隊ならば、個別的自衛権で充分じゃないか。ちなみに、安保法案が強行採決された直後のドイツの新聞報道では、既に「自衛隊」ではなく「軍隊」という表記になっていた。つまり他国では、実質的に「自衛」ではないと見なされているわけで、実際に安保法制下で想定されていることを考えれば、はい、その言葉の使い方は正しいです…。

「周辺国脅威論」の他に、与党や賛成派が口にする「積極的平和主義」。世界の平和維持の為に日本も派兵して協力するべきだ、という考えで、安保法案の大きなポイントはここだろう。だって安倍首相は、4月に米国議会でこれを約束してきてしまったのだから。

世界の平和の為の「協力」には勿論賛成だ。けれど、軍隊を送り込む事=平和協力、という考えはいかがなものでしょう?先程の難民の話で「『平和協力』の名義で派兵や武器を送り込んだ欧州の国にも責任の一旦はある」と書いたけれど、日本や他国の派兵によって引き起こされる混乱でその当事国の問題が更に大きくなる事は想定しないのかしら?
加えて、今回この法案の強行採決を歓迎している米国は、かつてその大義名分の下に大量破壊兵器の存在というでっち上げの理由でイラクに軍隊を送り込み、更に国を荒らしてしまった、という過去があることを、賛成派の皆様は知らない、もしくはお忘れでしょうか?


「難民」といえば、ドイツに来た当初にドイツ語を学ぶために私が通ったのは、ドイツにやって来た難民や移民を支援する団体が運営していた語学コースだった。たまたま近所にあったのと授業料も安かったのでそこに通っていたのだが、アジア出身の人は少なく(覚えている限りで私の他、タイとベトナム出身の生徒が3人くらい)、ほとんどがアフリカやアラブ、または中南米の国からやってきた難民や移民だった。

皆がつたないドイツ語で交わす会話の始まりはいつも、どこから来たのか、どうしてドイツに来たのか。
とあるアフリカ出身の男性の、来独の理由は「エクジール」。彼のドイツ語がうまく聞き取れなくて、え?と聞き返したら、英語でエクザイルだよ、と。亡命か…。
国を捨ててきた、家族を残してきた、そんな重い事情を意外にもあっけらかんと話す彼等は、教室の中でもワイワイと賑やか。先生が何度も「皆さ〜ん、静かに!」と繰り返す程、彼等のまあよく喋ること…。

そんな中、大人しく座っている女性がクラスに居た。ピンク色の髪留めをしていつも微笑んでいる少女のようなアフガニスタン出身の彼女はどことなく日本人を思わせる風貌で、周りの賑やかな生徒たちに圧倒されていた私は彼女に親近感を覚え、ある時隣に座って話しかけてみた。
いつもの、どこから来たの、どうしてドイツに来たの、という私からの質問に、自分の国が戦争になったから、と答えた彼女は続けてこう言った。

「弟は米軍の爆撃で死んだ」

ここで私は何て返すべきなんだろう?お悔やみ、という意味でのsorryか?一瞬の事だったけれど、頭の中でぐるぐると考えを巡らせ、でもどの言葉も意味がないように思えて何も言えずにいる私に、彼女は静かに言った。
「それでもいつか、アフガニスタンに帰りたい」微笑みを絶やさずに真っすぐに私を見ていた彼女の目を、私は未だに忘れられない。自国の平和安定の為にやってきた米軍に家族を殺され、その米軍と共に派兵をしていたドイツに難民としてやって来ざるを得なかった彼女の思いはどんなものか、想像もつかない。
彼女とはもっと色々な事を話してみたかったけれど、その後いつの間にかクラスに来なくなってしまい、先生も消息を知らなかった。あのクラスに居た人たちは様々な事情を抱えていたから、誰かがいつの間にか来なくなってしまうということは常だった。
彼女がその後どうなったかは全く知らないが、アフガニスタンに帰ることができただろうかと、たまに彼女の事を思い出す。

さて、この強行採決された安保法制に賛成の人に訊いてみたい。平和の為の派兵というけれども、派兵した先の国の人から目の前で、日本の軍隊によって家族が殺された、と言われたら、あなたはどう答えるのだろう?戦争を進める政治家はきっとこういう考えだ。ご愁傷様でした。でも私たちが求める世界の平和の為には犠牲は仕方ないのです、と。あなたはその言葉を、目の前の人に言う事ができますか?国は違えど自分と同じ市井の人が、自分が賛成した法制によって家族を失うことについて、想像を巡らせたことはありますか?

例として挙げるなら、アフガニスタンで灌漑事業を続けている中村哲医師の活動など、軍事力以外の日本の平和協力活動というのは既にかなりの成果を上げながら各国で行われている。それをNGOに任せきりにするのではなく、国としても積極的に参加するなど「平和主義の日本」として可能な行動は幾らでもあり、実際そうした活動がそれぞれの国における日本への信頼をこれまで築いてきた。
軍事力を使った「平和活動」がどのようなものなのか、安保法制に賛成の人は過去の事例から今一度学ぶべきだろう。この法制で命を落とす可能性があるのは、自衛隊員だけではない。「助け」に行った先の人の命も含まれている。

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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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