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カラフルなナショナルチーム

中沢あき2016.06.17

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 先週の金曜日のスーパーのレジでの出来事。私の前の人の買い物を店員がスキャンしたときに、品物の袋が破れてしまった。ちょっと困惑した顔で謝る店員に、構わないのよーと笑う女性客。破れたパッケージに入っているのは、黒•赤•黄色の花びらが付いた首掛けのレイ。それを見て私も間の手を出してみた。明日早速使うんですもんね?うんうん、そうなの、と頷きながら、でも明後日よ、と笑う女性客に店員もニコニコ笑いながら、そうそう明後日よー、夜の9時から!
 6月10日からUEFAユーロ2016こと、サッカー欧州選手権がフランスで始まった。この数週間、スーパーに行けば、帽子やらユニフォームシャツやらの応援グッズから、観戦につきもののビールやスナック菓子、はたまたバーベキュー用の肉のパッケージにもサッカーボールや黒•赤•黄色のドイツの国旗のデザインが付いたものが並び、電気屋に行けば、観戦用にとテレビや扇風機(ドイツの家には基本的に冷房がないので)が並び、パン屋にはサッカーボールの形の丸パンが並び、カフェやレストランもその手の飾り付け、ドイツ鉄道まで応援キャンペーンをやっている。とW杯に劣らない盛り上がりを見せるのは、さすがサッカー王国ならでは。上記のお客さんが買っていたレイも、応援グッズなのだ。明後日、というのは、その日にドイツの試合があるってことで、皆その為の週末のお買い物をしていた、というわけ。
 ご存知ブンデスリーガの国だから、年中常にサッカーの話題が日常にあるわけだが、W杯と欧州選手権の時はその日常さえも変わる。その数週間、まず街のムードがお祭り気分になる。街のあちこちは上記のようにサッカー関連の飾り付け。そしてドイツの試合が始まれば、外を歩く人の姿が忽然と消える。皆、テレビの前に集合するのだ。  試合が昼間にあろうものなら、仕事を中断するか、早退する。パブリックビューイングもあるが、あとは町中のカフェや居酒屋、または友人宅に集まって皆でテレビを囲む。こんなだから、ドイツの試合のある日や時間帯の各種カスタマーセンターのサービスなんかは期待しないほうがいい。ちなみに前回のW杯でドイツが優勝したときの試合中、我が家は旅行帰りの電車の中だったのだが、夫が持ち込んだポータブルテレビを他の乗客に加えて乗務員も一緒に観ていたっけ。試合の間はご近所からも、うおー、とか、ああー、とか、歓声や悲鳴があちこちから聞こえてくる。
 とまあ、サッカー一色の数週間がまた始まったわけだが、W杯とか欧州選手権の時だけにわかサッカーファンになる我が家も、昨日の日曜日のドイツの試合はテレビの前に座って観ていた。久しぶりに見るドイツのナショナルチームの顔ぶれを見て、しみじみとした思いになる。  私がドイツに来たばかりの10年前はちょうどW杯がドイツで開催されたときだった。あの頃、まだあどけない顔でナショナルチームに居た選手たちはもう30代、貫禄の出てきたベテランの「おっさん」に成長してて、時間の流れを感じるなあ。そして残りの選手たちはこの5〜6年くらいで台頭してきた中堅どころ、そしてもっと若い選手も居るわけで。その彼等の顔立ちは様々、つまり選手たちの出身ルーツが多様なことも、今回話題になっていることの一つ。
 現ナショナルチームの16名はドイツ出身、残りの11名は外国のルーツがある、つまり国籍のある移民系ドイツ人だそうで、まさに今のドイツ社会の多様性を示すものとも言えるのだけど、しばらく前にこれをAfD(ドイツの為の選択肢)党という、この数年で台頭し勢力を伸ばしている右派ポピュリストの政党や極右派が、ナショナルチームが茶色になる、と揶揄したのである。  まさに水を差すというか、この時代にダサい発言とも思うが、鼻で笑い飛ばすわけにもいかない。こういうナショナリズムはそもそもサッカーにつきもの、欧州選手権が始まった直後に早速起きたイングランドとロシアのフーリガンの暴動など、サッカー、特に国際試合ではこういうナショナリズムが盛り上がり易い。  ドイツはナチスドイツの過ちがあったゆえに、ナショナリズムには物凄く敏感で、今でこそサッカーの試合にはドイツの国旗を町中で見るけれど、これが始まったのは2006年のW杯の時から。それ以前は国旗の掲揚自体がナショナリズムを煽る挑発行為とされてきたのだが、ドイツが開催地になったW杯で各国のファンたちが国旗を掲げる中で、ドイツ人たちもナショナリズムとは関係無しに国旗を使うようになった、その緩やかな変化があのときはポジティブななものとして評価されていた。
 今回はこの国旗、数週間前から民家の窓から垂らされていたり、車の上に立てられていたり、と既に一般化されてきているように感じるけれど、一方で難民問題をきっかけに更に盛り上がってきている排斥や差別の動きを考えると、この流れが危うい方向に行かないでほしい、とうっすらとした危機感がないわけではない。
 ナショナリズムといえばつい先日、とある在独日系のシンクタンクで興味深い話を聞いた。ナチスドイツの過去があるゆえに、ドイツでは愛国心、というものがない、と。そういうものが発しないように、社会全体が教育を通して抑えてきたわけだ。でも、例えばサッカーのブンデスリーガに見られるように、地域愛、というのはとても強い、と。だからドイツは地方分権がしっかりしているし、国の機関から大企業まで各都市に分散しているのだと。なるほどー、と頷きながら思った。一極集中型は便利かもしれないが、その権力を捌き扱うのは本当に難しい。日本の社会で起きている問題にはこういうこともあるんだろうなあと。
 分散とか多様とか、そういう事を上手く扱えるシステムや社会はすごく強い。個々が違うことを前提に、でもその違いを生かしていってこその新しい発展や強さ、というのが生まれてくる可能性がある。ちなみに先の「ナショナルチームの茶色」発言の後、別のジャーナリストたちはこう発言した。茶色じゃなくて、カラフルなんだよ!
 フィールド上を動く多色多様のドイツの選手たちのきれいなパスのやり取りを見て、よしっ、うまいっ、いけー!と叫びながら、そんな希望を彼等に重ねてしまう。

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© Aki Nakazawa
町のあちこちの窓から垂らされる国旗。
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© Aki Nakazawa
特大サイズの国旗。階下の窓まで塞いでいます…。
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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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