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卵と顔が見える信頼関係

中沢あき2017.08.14

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 今朝の出来事、近所のマルクトに出かけて贔屓の八百屋に顔を出すと、私の前に居た買い物客の夫婦が品札を指差して、本当にこの消費期限の日付まで持つの?と何やら不安げに訊いている。詰めてもらった卵を受け取りながら、本当に安全よね?と質問を繰り返す客にうんざりした顔を見せた店員のおばちゃんは馴染みの顔である私を見つけると、彼らに諭すように、ほら、このお客さんはいっつもうちで卵を買ってるんですよ、と私に話を振ってくる。おお、例の件か、そりゃ大変だ、と私も彼女を助けるべく、彼らにニッコリ笑いかける。もう10年もここで卵を買ってるんです、信頼してますし大丈夫!

 例の件とは、8月初めにオランダから輸入された卵が殺虫剤に含まれる有害物質フィプロニルに汚染されていることが発覚し、ドイツの大手のスーパーが次々に卵を回収したことに端を発する食品スキャンダルのことだ。
 その後オランダのみならず、ドイツの一部の養鶏場でも汚染が発覚し、そしてベルギーではなんと7月から既に国内の養鶏場での汚染事実がわかっていたとの報道が出、フランスの養鶏場でもしかり、そしてそれらの国から卵を輸入している欧州各国にもその影響は広がっている。

 回収されているはずの卵がゆで卵やお菓子などの加工品となって英国やデンマークなどで出回っていた事件や、なんと香港でも汚染卵が見つかったと、その影響の拡大が止まらない。
 このフィプロニルという薬物はダニの駆除剤に含まれていた成分で、大量摂取すると腎臓や肝臓、甲状腺機能に害を与える可能性があり、子供では1日に2個以上の摂取で害が出る恐れがあると報道され、今日はとうとう日本領事館から卵に注意とのニュースレターまで届いた。欧州中が大騒ぎ、そしてお決まりの責任の押し付け合いが各国当局で始まっているという状況なのだ。

 子供はともかくとして、成人には害を引き起こす程ではない、と冷静な対応を各国政府が呼びかけているとはいえ、安全と思って購入して食べていたものがそうではなかった、というのだから、消費者の怒りは当然大きい。値段の安い卵だけでなく、オーガニックのものでも該当するものがあったそうで、オーガニックなのに殺虫剤?と疑問は膨らむ一方だ。
 そもそもこの殺虫剤は建物の外壁または屋外で使用するためのものなのになぜか屋内でも使われ、その中に居た鶏や卵が汚染された、ということらしいのだが、その辺りもまだ調査中ではっきりした報道がなかなか出てこない。

 事が発覚してから数日の間に、産地ルートが該当するとして、ドイツの大手スーパー各社は全店での回収を決め、そういうわけで店頭から卵が消えることになり、汚染されていない地産の卵を探し求めてマルクトや直売店へやってくる新顔の客が急に増えた、というのが先述の出来事だったのだ。
 幸い我が家は大方の買い物をマルクトの地元の農家や養鶏場の直売店でしているのでこの騒ぎに巻き込まれずにすみ、マルクトの客層の変化を遠目に眺めているのだが、それがいろいろと興味深い。
 たとえば、店員を質問攻めにするその件の客はパッと見でも、マルクトには普段足を運ばないタイプだとわかった。マルクトの常連は布のエコバッグや買い物籠を下げて常に実用的な恰好だが、その客が下げたブランドもののハンドバッグには野菜はおろか卵の6個パックですら入らないであろうサイズである。
 ドイツの富裕層は大手のディスカウントスーパーが御用達で、まさにこんな感じの人たちが週末に大きなカートを押して歩いていたりするが、その典型の客層がマルクトに来た様子ある意味での堅実性かもしれないが、生活の質の種類と富裕度って比例しないものなんだなあ。スーパーの野菜は確かに安いし年中通して購入できるけど、味や栄養は直売のもののほうが断然いいんだけどね。

 とまあこの1週間、我が家の贔屓のマルクトの八百屋や直売の肉屋ではこんなシーンに何度も出くわした。来た早々、お宅の卵は汚染されてないわよね?とか、汚染されてない卵を買いたいんですが!とか。半分冗談めかせて言っている人もいれば、必死な顔で買い求める人もいたが、おもしろいことになぜか中高年の客が多いことに気がついた。
 もっと若い世代でスーパーに通う人は、大抵昼間は仕事に出かけてマルクトに買い物に来る時間がない人も多い。そのことを除けば、実は若い世代は結構な割合でオーガニックだとかサスティナブルだとかいうことに関心があって、時間が許せばマルクト通い、またはオーガニックの店(つまり汚染されていない卵がある店)に普段から通い慣れている人が多いのではないか。意外と高年齢の世代ほど、戦後に様変わりした消費システムの中で何十年とスーパー通いを続けてきた人が多いのかもしれない。

 そんなややパニック気味の新顔の客たちに、マルクトの店はどこも呆れ気味で冷ややかな対応だった。馴染みの店員さんたちにその話を振ると、これまでスーパーに頼ってきた自業自得よ、とか、オーガニックの印がついてなくてもうちのはオーガニックよりも良いのに、とか、なかなか辛辣な意見が返ってきた。私と同世代の女性の売り子さんは、次から次へと食品スキャンダルが続くけどいい加減、これを機会に皆が気づくべきよ、直接顔を合わせることで生まれる信頼の大切さをね、と、やれやれといった表情で語っていた。

 便利なシステムの裏はどのようになっているのか。誰が関わってどうやってものが生み出されて手元に届くのか、隠れて見えない部分があってもシステムが成立するのは、信頼関係があるからこそなのだけど、限りなく安価なものや利便さを要求する消費者の傲慢さもまた、その信頼関係を揺らがせた一因でもあったりする。
 今の時代、生活スタイルも様々で、皆がいつもマルクトに行けるわけじゃない。私自身もスーパーでも買い物をする。でも今回の事件は、この社会の流通や経済のシステムに頼り切って傲慢になりすぎた私たちへのしっぺ返しのようにも思えるし、そのことを見つめ直す機会にしなければ、近い将来、もっと酷いことが起きるような気がしたりもするのだった。

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© Aki Nakazawa
卵の売れ行きはいつもよりもやや多くなったそう。このおばあさんはいつも来ているお客さんだそうです。

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© Aki Nakazawa
この十年通い詰めている農家の直売店。なんと昨年、とある写真家がこの農家の1年を追った写真集が発売されたりと、皆に愛され信頼されている農家のおじいちゃんなのでした。

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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