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「色とりどりのチーム」の挫折

中沢あき2018.08.10

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サッカーW杯が終わり、日本のニュースは日本代表の活躍(と書くには個人的には?の部分もあるのだけど)の話が溢れていたが、その後しばらくしてサッカー・ドイツ代表のメスト・エジル選手の引退騒動が日本でも報じられていた中で、「人種差別」と言葉を入れたその記事のタイトルや内容に少し違和感を感じたので、ドイツの内側から見えるこの話を書いてみたい。

そもそもこの騒動の始まりはW杯開催前。ドイツ代表であるメスト・エジル選手とイルカイ・ギュンドアン選手が、トルコ企業が企画したとあるイベントにてトルコのエルドアン大統領と一緒に並んだ写真が出回ったことだった。エジルとギュンドアンはドイツで生まれ育ったトルコ系ドイツ人で、多くのトルコ系移民がそうであるようにトルコにも親戚や家族がいる。エルドアン大統領はその独裁的な権力を強め、ジャーナリストを始めとした国内外の反対派を弾圧・粛正するなどの政策で、国外、特にドイツからは強い非難を浴びているのだが、これが単なる内政干渉と言えない事情がドイツにはある。

ドイツには約300万人のトルコ系移民社会が存在し、特にメルケル政権以来、トルコ系を始めとした移民をドイツ社会に溶け込ませようとする「統合政策」をこの国は進めてきた。にも関わらず、このトルコ系移民社会はいまだドイツ社会全体の中でもまだその形をしっかり保ち、そしてエルドアン大統領就任以降、その政策を非難するドイツ社会との溝がはっきりと見えてきてしまっている。

そしてさらにはそのトルコ系移民社会の中にも、エルドアン支持派と反対派というトルコ系移民同士の分断ができている。トルコ国内で大統領の支持派は約半数だそうだが、残りの半数を弾圧し、意見を封じていくエルドアン政権の強硬政策は全く民主主義ではない。そしてドイツ国内のトルコ系移民の中のエルドアン支持派も、先の大統領選では、トルコでの選挙権を持つドイツ国内のトルコ系移民のうち投票率が半数、そのうちからエルドアン支持は6割を超えたそうだ。単純に計算するとこれは全体の3割ということになるが、実際の感覚としては、実は支持派は意外と多いのかも、と感じる。感じる、というのは、この話題は彼らの間ではタブーであって、おおっぴらに口に出せるものではないからだ。

エルドアン支持派はいわゆる保守派で、人によっては攻撃的ですらある。だから数年前にエルドアン大統領が就任直後から粛正を進めた頃、ドイツ国内でも反対派の経営者の店はボイコットしろ、など、過激な発言や行動に出る人たちが居て、反対派はそっと口をつぐむ人が多かった。または公に口を出したことを密告されて、トルコ国内にいる身内が国に目を付けられることもあるのだとか。

そんな中、ルーツもドイツにあるドイツ人のうちの夫は普段は全く政治的な人ではないくせに興味というか好奇心が強いので、「げっ、ここでそんな話題、振る?」と隣の、そこは控えめな日本人気質の私がギョッとするような質問をあっけらかんと周りに投げかける。ちょうどその頃引っ越しでお世話になったトルコ系移民2世の不動産屋さんはドイツ人の奥さんがいる人だったが、うちの夫がそのことを訊くとそっと声を低くし、ニヤッと笑って、僕は反対派だけどね、と言ったんだとか。

一方で、我が家の前住人だったトルコ系夫婦は20代の頃にドイツにやってきてドイツ国籍まで取った人たちだが、50代に入って早期退職して年金受給者となり、でもトルコの故郷へ帰っていった。ドイツ語もよどみなく話し、近所付き合いもいいその家からは日に何回もお祈りの歌声が響き、奥さんや娘さんたちはヘッドスカーフをしっかり被った、保守的なムスリム家族でもあった。まだ隣の家に家族で住み続けている息子さんにうちの夫が立ち話ついでに例の質問を投げたところ、ドイツで生まれ育った彼はエルドアン支持派だった。いわく、トルコ国内の地方にまで病院や福祉施設を多く建てたりと、国民の為になることをしてくれているから、だとか。彼の視点からすると、国民にとっていい人、なんだそうだ。

なるほど、と私はその話を聞いて納得した。日本と似てるなー、と。確かにその部分だけ聞くと、いい話、である。でもそれって、寂れた田舎の町にでっかい病院や施設を建ててくれたんだよ、だから票を入れよう、と、その財源や国全体の事として自分の生活が結びついていかないまま、未来よりも目の前の餌に釣られて与党を支持する日本の人たちと似た話だなあと。そういえばエルドアン大統領と安倍首相は結構仲いいもんね。エルドアン大統領も親族を政権内に入れたりして、お仲間政治をする人だしね。

というわけでドイツとしては、民主主義とは程遠い独裁政治を行うエルドアン大統領の立場を認めるわけにはいかず、そしてこの国内にも多く存在するエルドアン支持派が社会を分断していく原因となることを恐れての、トルコへの内政干渉でもあるのだ。エジルやギュンドアンがエルドアン大統領と写真を撮ったことは、そんな移民社会の複雑な事情をまさに映し出すものでもあったがゆえに大騒動となったのだった。

例の写真が出回ったとき、ドイツのマスコミも世論も叩いたのは、そしてドイツサッカー連盟が問題視したのは、ドイツが国家として非難をするトルコの政治家と写真を撮るなんて、たとえルーツがあるといってもドイツ国籍を持つ、且つ国を代表する人間としてはいかがなものか、ということだった。
世論調査では7割の人が、エジルは代表として出場すべきでないという意見だった。とはいえ難しいのは、ドイツが民主主義を唱う国であれば、異なる意見にも耳を傾け、異なる文化観も尊重しなければならないという建前もあり、特にスポーツと政治は一線を引かなければならないことだったのではないか、と私自身は両者に対して矛盾を感じていた。

W杯後のエジルの独白によると、W杯前にエジルやギュンドアン、そして監督やサッカー連盟幹部とこの件で話し合いが持たれた際、エジルは公の場で釈明をする、と申し出たそうだが、W杯が終わるまではこの話題には触れずに試合の事に集中しよう、という提案が連盟から出され、口をつぐんだという。
ところがW杯惨敗の結果の後、連盟やマスコミ、一部のサッカー関係者や極右政党の政治家までがエジルのせいでチームの結束が乱されたことが敗因と、非難したのだった。エジル本人はそれまで約束を守って口を閉ざしていたにも関わらず、である。これはまったくフェアじゃない。敗因がエジルのせいではないのは、あのドイツ代表の試合を見ていれば一目瞭然である。各選手自身のパフォーマンスも悪かったし、エジルを除いたとしてもチーム全体の連携は悪かった。それはエジルの引退表明について、チームメートたちが次々と、彼に感謝やエールの言葉を贈ったことからもわかるだろう。

確かに有名人の立場として、自らの行動の影響を深く考えなかったエジルの脇も甘かったと思う。尚かつ、彼が代表引退表明の時に使った「人種差別(Rassismus)」という言葉も、これまで彼自身が差別を感じた経験があったとしても、今回の騒動については人種、というのとはちょっと違うと思う。
もし、エルドアン大統領が独裁政治を行うことなく周囲の国からも非難されるようなことがない政治家であったなら、今回の騒動は起きていなかった。人種差別の問題というより、改めて民主主義とは何か、言論や思想の自由とは何か、政治やスポーツの意義や立場とは何か、ということを問い直す問題なのだろう。

仕舞いにはメルケル首相までコメントを出すという政治問題にまで発展してしまった、なんとも後味の悪いことになってしまった今回の騒動は、一方でドイツ社会が抱える問題をはっきり浮かび上がらせたという点では、意義のあることになるのかもしれない。

ドイツのサッカー代表チームはエジルたち以外にも、東欧やアフリカ、中東にルーツを持つ選手たちが混ざった「色とりどり」のチームであり、そのチームが一丸となって2014年のW杯で優勝を飾ったことは、ドイツの歴史においても輝かしいことだった。あれはドイツ社会が目指す未来への希望そのものだったのだ。それが今回こんな形でバラバラになったことは、ドイツ社会にも大きな衝撃を与え、多くのドイツ人が落胆を感じることになった。
その後、テレビやラジオの討論番組で皆が口々にそれぞれの意見を語り、今も論争は続いている。でもそれがどんな展開を社会に開くのか、できればタブーを畏れない、でも傷つけ合ってオシマイの結論にはなってほしくないと思っている。またあの4年前のチームのように、希望を再び抱かせてくれるような議論展開になってほしい。

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© Aki Nakazawa
エジルは私も大好きな選手の一人。だからこそ、この騒動は残念で彼の哀しみや他の選手のもどかしさを思うとやり切れない気持ちになります。写真は近所にそびえ立つ大きなモスク。ものすごーくモヤモヤするこの出来事、トルコ系移民と日々接して暮らす私たちにとっても他人事ではない、難しい問題だと感じます。

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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