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捨ててゆく私 Vol.47「おこげ」

茶屋ひろし2007.10.26

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私がよく行くゲイバーで、私はときどきそこのマスターを独占したい気持ちにかられることがあります。それは恋とか色気の話ではなく、自分の話を肯定的にぜんぶ聞いてくれるのではないか、という期待をそのマスターに持ってしまうからだと思われます。

そんなときは、私は他の客が早く引けてしまうことを願います。けれど、私のような期待を持った客がいつもいるので、そうなると、粘り勝ちを狙うことになります。昨夜もそうした客と一騎打ちになり、もうずいぶん飲んでしまっているにもかかわらず、私はもう一杯注文するのです。勝ちました。けれど、その頃には酔いのせいで、マスターに何を聞いてもらっているかもさだかではなくなっています。
迷惑なのはマスターだわ、と思いながら・・。
これって、何を求めているのだろう、と思います。恋ではないのは確かなんだけど・・と思うのです。

世の中には「おこげ」と呼ばれる、ゲイの男性にその何かを求める女性がいて、私も、あの人がそうじゃなかったか、と思う女性に出会ったことがあります。

京都のカフェに勤めていたときに、ある日ふらりと一人で入ってきた女性を、カウンターで八時間接客したことがあります。全く知らない人でしたが、その八時間で、彼女は自分史と家族の話、仕事と趣味の一切を話しました。コタニさん(と言う)は、周りにいる他の客には目もくれず、私の顔だけを見て次から次へと自分の話をしました。それは、ずいぶん人と話していなかった人が、急に話しはじめたというような勢いでした。話を聞きながら私は、(今私はこの人に独占されている・・!)と事件が起きているような感覚に囚われていました。三杯目の紅茶も飲み干して底が乾き、お水のお代わりが続き、閉店の時間になった頃、コタニさんは腰を上げました。私はかなり疲れましたが、コタニさんは喜んでいて「また来ます」と笑顔で帰っていきました。

次の日にさっそく来てくれましたが、その時、私は一気に昨日の疲労を感じて、(これはトラウマ!)と心の中で叫びました。
けれどさすがに八時間は初日だけでした。

コタニさんは変わった人で、満席のカウンターの中でひとり紅茶を飲みながら、洗浄器から食器を取り出している私の背中に向かって、何の脈絡もなく突然、「ところで太平洋戦争では日本兵は何人死んだのですか?」という質問を投げてくるような人でした。
コタニさんの仕事は旅館の皿洗いです。実家で母親と二人で暮しています。年のころは四十代で、二十代は東京のテレビ局で働いていたそうです。最近になって、京都の繁華街を出歩くようになりました。目的は、男探しだ、と言いました。化粧はしない主義で厚い黒髪を後ろでひとつに束ね、いつも黒の革ジャンを羽織っていました。

コタニさんの男探しに強い意気込みを感じました。私が兼業で働いていた他のバーにも来るようになりました。お酒も飲みます。けれど隣にいろんな男性客が座っても、まっすぐ私のほうを向いているばかりです。その上、「いい男なんていないよね!」とまた突然発言するのです。彼女が理想とする男は「つんく」でした。

コタニさんは東京で働いていた時に、想いを寄せていた男性の話をしていました。同じテレビ局に勤めている男性だったそうです。今でも月に一度は手紙を書いていると言いました。けれど、返事が来たことは一回もないのだと。その手紙が一度も住所不定で送り返されて来ないことを考えると、確かにその手紙は相手のところへ届いているのではないかと。しばらくしてからコタニさんは、クリスマスの日にあなたにどこそこに会いに行くからと、手紙を送りました。
返事はこなかったけれど、コタニさんはその日に、その場所に行きました。
彼は姿を現しませんでした。

確かに当時、私の近くに「つんく」らしき男は見当たりませんでした。私もコタニさんにとって「つんく」ではなかったと思うし、オカマであることも最初の日から話していましたが、私へのコタニさんの独占はそのあともずっと続き、コタニさんは「つんく」と身近に出会うことはありませんでした。しばらくして私は上京するお金を貯めるために飲み屋の仕事を辞めて、別の仕事を始めました。それから一年間コタニさんには会わなくなりました。

上京する一週間前、バーのマスターの好意で、最後に少しお店に入らせてもらうことになりました。コタニさんがお別れをしに、ひさしぶりに会いに来てくれました。その時、コタニさんはあの黒い革ジャンではなく、赤いレースのフワフワとしたシャツを着て現れました。パーマを当てた髪を下ろし、真っ赤な口紅を引いていました。驚いた私は、
「まあ! 素敵よ、その女装!」
と、オカマ口調で褒めました。コタニさんは恥ずかしそうでした。私は複雑な思いに襲われました。なんとなく分かったのは、これでコタニさんとは本当にお別れなんだわ、ということでした。
誰かに、自分の話をイチから聞いてもらいたいという欲望を、「おこげ」というのかしら・・なんて思いました。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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