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捨ててゆく私 Vol.50「ディズニーの人」

茶屋ひろし2007.11.14

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ある日の夕方、いつものようにビデオ屋で働いていたら、私の携帯にメールが入りました。
「今、ディズニーシーにいるんだけど、茶屋くんの職場ってどこだっけ?」

高村さん(仮名)からです。高村さんとは、私が京都時代の最後に働いていたバイト先で知り合いました。そこはいろんなものが99円のショップでした。彼女もアルバイトでしたが、年齢が40歳と誰よりも年上で、その店にいる年月も長かったため、本部から未経験で放り込まれてくる20代の店長や地域マネージャーである社員より、店に対して発言権を持っているような人でした。当時聞いた話なの
で今はどうなのか知りませんが、そこの会社は、正社員は男しか雇わない、がモットーでした。

私は上京するお金を貯めるために働いていたのでそこにいたのは一年足らずでしたが、その間ほぼ毎日のように高村さんと深夜勤務をこなしていました。深夜は納品の時間で、次から次へとたくさんの商品が店に運び込まれ、レジ打ちをしながら、それを棚に入れていくという仕事がメインです。大量のポテトチップスを棚に詰め込みながら、大量の牛乳を補充しながら、高村さんといつもお喋りをしていました。

高村さんは、近所の実家でご両親と住んでいて、家計を助けるために働いている、というのは表向きの理由で、本当は家にあまりいたくないからだ、とこっそり打ち明けてくれました。

高村さんはディズニーランドが好きで、よく一人で行くんよ、という話を聞いたのは、知り合ってそんなに経っていない頃だったように思います。そういえば耳にいつもミッキーマウスの小さいピアスをしていました。

「一人で行きますか」と驚いた私に、「そうそう、京都駅から深夜バスに乗って新宿に早朝に着いて、その足でディズニーランドに行って一日遊んで、また深夜バスで京都まで帰ってくるの」と高村さんはクスクス笑いながら言いました。
「よく行くんですか」と質問を続けると、「うん、多い時で月に2回、ここの仕事でいけない月もあるから、年間で精々10回行けたらいい方かな」と答えます。
聞けば30代の頃からそうだというので回数にしてみると、高村さんはたくさんディズニーランドに行っていることになります。理由は好きだから、にしても多いような気がします。そんな私に高村さんは、「これが私のストレス解消法なの。一番効くんよ」とさっぱりと答えました。

私が上京してしばらく経った頃、高村さんは深夜バスでやってきて、私をディズニーランドへ連れて行ってくれました。初めてディズニーランドへ行く私に、高村さんは自信たっぷりに、「私にすべてまかせておいて。今日一日で、すべての乗り物に乗るから」と宣言しました。初夏の平日でしたが、なにか新しいアトラクションが新設されたとかで人はそこそこ入っているように見受けました。朝の開園から閉園の時間まで、私は高村さんにくっついて、乗り物どころか、映画館や劇場のようなものから、一日に2回行われるらしいパレードやショウの鑑賞までを含めて、マップ上に載っているものをすべて廻りました。それはまるで、私が高村さんというジェットコースターに乗っているような一日でした。どれもみんな並んで待っているのに、どうやって私たちはどれにも並ばずにすぐ乗り物に乗れたのかもよくわかりませんでした。なにが起こったのか消化できないような一日でした。

その年の冬に、今度はディズニーシーに行くことになったのですが、その時の私がまだ初夏の満腹感を引きずっていたためか、それを察してくれた高村さんは帰りに、「ここに一緒に来るのはこれで最後やね」と言いました。
それきり高村さんとはお会いしていませんでした。

冒頭のメールに戻ります。
私はそれを読んで、これは今夜私に会えるかどうかを尋ねていらっしゃるんだわ、と思いました。折り返し私はメールで、新宿発の深夜バスの発車時刻を尋ね、私の仕事が終わる時間を伝えて、夜の新宿で少しの時間ですが食事をすることにしました。
高村さんは私が京都を離れるときに引越しの手伝いをしてくれました。当時私のアパートにあった大量の本とマンガを、自分の車で私の大阪の実家まで何往復もして運んでくれました。申し訳なくてお礼を言うと、「そんなんちゃう(違う)ねん、これは私がしたくてやってることやから、お礼とかええねん」と強い口調で手を振りました。

私が前に、カラオケでチューブとビーズを歌う男は苦手、という発言を高村さんにしたことがあって、でも引越しの時に初めて乗った高村さんの車には、チューブとビーズのCDしかなかったことや、私はそんなにディズニーワールドが好きではないかもしれない、と言えなかったことなどを今回思い出しました。
とても親身になってくれる高村さんとの間に、いつも微妙なズレがあるのです。

新宿のイタリアンレストランで私が、最近左肩がよく凝る、という話をすると、高村さんは、それは霊障、と断言して、生霊や悪霊の祓い方を伝授してくれました。九字切りという、九つの漢字を唱えながら手で空を切って行く方法です。
「不必要な陰や負の気は祓わなアカンねん。じゃないと茶屋くんに不幸が起こる」とのことです。
次の日職場で、私はその九つの漢字とその振り仮名をとりあえず紙に書いてレジの裏に貼ってみました。やってみようとしますが、なかなかやる気が起きません。じっと漢字をみつめます。やはり微妙なズレが左右しているのかしら・・、と思います。
私が学ぶべきなのはその漢字ではなく、今まで高村さんがことごとく自分のやり方で生き抜いてきた、というたくましさなのかもしれません。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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