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ときどき私は思春期の頃に聞いていた音楽をあらためて聞き直してみることがあります。私の場合、思春期というと中高生の時期で、音楽といえば日本のポップスになります。

最近はなぜか尾崎豊が浮上してきました。先日ひさしぶりにカラオケで「I LOVE YOU」を歌ったらキーをそのままで歌うことが出来ました。それで少し嬉しくなって他の曲もチャレンジしてみたらまあまあ歌えます。私は自転車に乗っているときもよく歌いますが、昨日は通勤しながら「シェリー」という曲を歌ってみました。けれど歌詞を忘れていて、「俺ははぐれものだからお前みたいにうまく笑えはしない」と「シェリー俺はうまく笑えているか」という部分だけを繰り返して歌うことになり少しせつなくなりました。
中学高校と尾崎豊をよく聞いていました。当時はカラオケでは必ず歌うくらい好きで、ほとんどの歌詞を覚えていたように思います。
聞き出したきっかけは五つ上の兄の影響です。世代的には兄の方がドンピシャ(古)で、今思えば私より兄の方が尾崎豊に共鳴していたような気がします。私の時は、もう長いスカートはひきずってなかったし校舎の窓ガラスは壊されていませんでした。ひさしぶりにCDをひっぱりだしてジャケットの写真を眺めていると、その服装や髪型に兄を思い出しました。あのひと、真似ていたんだわ、と思いました。

尾崎豊が死んだのは私が高校二年生のときでした。しばらく落ち込んだ記憶があります。その年の文化祭の終わりに、夜のキャンプファイヤーのあと三年生の男子たちが「15の夜」をどこからともなく歌いだしそのうち大合唱になった、というようなことがありました。私は、ちょっと混ざりたい、と思いながらその合唱を聞いていました。紡木たくのマンガの世界にいるようでした。
尾崎豊を聞かなくなってカラオケで歌わなくなって十年と少しが過ぎました。二十代の頃はほとんど聞いていなかったことになります。聞いて歌う音楽が歌謡曲や演歌になっていったせいもありますが、なんとなく肌に合わなくなったのだろうと思います。つまらない言い方ですが、やはり尾崎豊の世界は十代後半の思春期特有のもので、私はその時期をもう過ぎた、と思っていたようです。
なのに、なぜ今になってその思春期がふたたび目の前に現れたのか。歌えるから歌っているというより、歌いたいからカラオケや自転車で歌っているのではないかと思うのです。

私の高校生の頃のセクシュアリティーは少し込みいっていました。自分のことをヘテロだと思いながら、同じクラスの好きな男子のことばかり想っていました。
それには兄の影響が大きかったように思います。尾崎豊のみならず、私は兄が家に持ち込んでくるものにことごとく影響を受けていました。今も好きな山田詠美や岡崎京子も兄が買ってきた本が最初の出会いで、ワンゲル部に入ったきっかけも兄がやっていたからでした。小説では他に、村上春樹に村上龍、片岡義男や山川健一というひともいました。マンガでは内田春菊に桜沢エリカ、あと彼が毎月購読していた「ララ」という雑誌もいっしょに読んでいました。

兄はヘテロで高校生の頃から付き合っている彼女がいました(ずいぶん前にその彼女と結婚して、今は二人の子どもがいます)。ちなみにその彼女からは萩尾望都や山岸涼子を借りて読んでいました。私のセクシュアリティーより兄の乱読のほうを疑問に思わないでもないですが、兄は自分のことをただの読書好きなのだと言います。その中から私は好みのものを選択して自分の書棚を増やしていきました。そのことを一度兄に話してからというもの、今も彼はときどき嬉しそうにその話をします。
エロビデオやエロマンガも兄の部屋でこっそり見ました。オナニーやセックスのことも兄から教えられたように思います。私が女の子とデートをするときにホテル代をくれたこともありました。

学校に行くと会える好きな男子に対して、私の立場は山田詠美の描く女で、相手の男子へのイメージは村上春樹の描く「ぼく」でした。その感じは当然のようにうまくいきませんでしたが、総じて私はヘテロ兄の見せてくれた世界観を疑っていなくて、自分や相手を見つめることよりも、その世界を真似ていることのほうが楽しかったのだと思います。
けれど、私が高校生の終わりごろ、兄がバイクに興味を持ちはじめ家を出たあたりから、私は兄についていけなくなりました。バイクの改造にはまったく興味をもてませんでした。

高校を卒業してしばらくすると、私は急に昔からオカマだったような顔をするようになりました。高校生の時に好きだった男子には告白して振られたこともあり、半ば自棄でそんな顔をしていたのかもしれません。思春期なんて終わったの、もうそんなものいらない、と言わんばかりに周りの友人たちに知ったかぶりの口調でした。
でも実は思春期を終えていなかったのではないかと、ひさしぶりに尾崎豊を歌いたくなって、そう思いました。今聞くと、尾崎豊の歌はあまりセクシュアリティーに関係なく誰かといっしょにいることの難しさ(社会と置き換えてもいいかもしれません)を歌っているように思います。

高校を卒業したあと、初めて好きな男子とセックスをしたときにとても嬉しかったことを思い出しました。
そのあと私は、誰かと長く付き合うという経験をしたことがありません。
最近、学生時代の友人たちにそういうことをよく薦められます。結婚とまではいかなくても誰かと長く付き合うことによって見えてくるものもあるよ、とか言われます。
それは何? 見てみたい、と思っていたら、どうやら尾崎豊を聞いていた頃の気分にまで戻ってしまったようです。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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