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あとひと月でこの仕事を辞める、というときに私はいつも解放感を覚えます。日毎に心が軽くなり、なんだか嬉しくなって笑ってしまいます。今まで気になっていたことも気にならなくなり、そんな浮かれ気分で今までいた職場を眺めると、とても居心地の良かった環境に思えてきて、「上から目線で」名残を惜しんでみたりします。無責任なアルバイトの感傷だと思われます。

けれど、新しい職場に入ると、あの解放感はどこへ行ったのか、というほど一転して、ひと月は職場の人と口がきけない状態になります。「郷に入れば郷に従え」の、「ここの郷」がわからないうちは迂闊に言動できないと、自分を縛ってしまうからです。新しい仕事についたという喜びよりも、上手くやっていけるかどうかの不安が勝つタイプなのかもしれません。

それは、言いたいことを言わない、周囲に合わせっぱなしのストレスフルな毎日です。
たいていの場合、その状態でひと月も経てば、周囲と緊張せずに会話が出来るようになっていて、極端に飛ぶ場合は、そこでもう何年も働いていたような顔をするようになったりします。

新しい職場には、そこに流通する言語や振る舞いや、暗黙のルールがあります。それを無視してしまうと、私も無視されてしまう不安にかられてしまいます。そしてその初めての価値観は、新人の私には違和を感じるものばかりで、果たしてそれにどこまで耐えるのか、それともその価値観を受け入れていくのか、の選択を毎日迫られている感覚に陥ります。

その期間は最低でもひと月で、それでも不安が勝つ場合はじっさいに辞めたりすることもありましたが、それを三ヶ月から半年続けた職場もありました。それは初めて京都で水商売の世界に入ったときでした。

動機は単純で、水商売をしてみたいから、でした。その世界のことを右も左もわからない状態の私を雇ってくれたマスターは、まず、「オレがここでは法律だ」と言いました。「オレに従うか従わないか、だ」と言いました。
その言葉を聞いた時点で、私は自分がとんでもない世界に飛び込んでしまったような気分になりました。それからは苦行の日々が始まりました。

毎日夜明けまでマスターと二人で店に立ちます。マスターは、その立ち姿から、グラスやお酒の扱い方、声の出し方、タバコの吸い方、会話の返し方の、なにからなにまでを、それは丁寧に一から教えてくれました。バーでお酒を飲んだこともなかった私には一挙一動をぜんぶ矯正させられていくような作業でした。

ただ、当時私が抱いていた拒絶感は、マスターの口調にありました。それらの教育はすべて体育会系のノリで行なわれていくのです。
「もっと声を出せ、笑え、客と話せ」とつねに命令口調で、カウンターの下で軽く足蹴りもされます。相手のことを「オマエ」と呼ぶ男性を嫌っていた私は、そういうノリに対して、クネクネした対応をすることによって、かろうじて笑顔を保っていました。
オマエと命令する男には負けられない、という意地もありました。
けれどその「クネクネ」と意地を、早いうちに見抜かれてしまい、私の呼び名は「オカマ」になりました。
「オカマ」という言葉は侮蔑語で、そんなことを言われるなんて有りえないと思っていた私は抵抗を示しましたが、営業が終わって「お疲れビール」を飲んでいるときに、マスターに、「バーテンはキャラ立ちしているほうがやっていけるから」と諭されて納得してしまいました。木屋町のノンケのバー業界には「オカマキャラ」はいなかったのです。そうして一年が過ぎ、「オカマ」という言葉を自分で使って、たまに女装してカウンターに入るようになった頃には、私もマスターに、「オマエ、って言うな」と言えるようになっていて、ずいぶん呼吸がしやすくなった感じになりました。お疲れビールのときに、ホモと性同一性障害は違う、とマスターに講義するまでになりました。

けれど、当時の私は日常にゲイとの交流がほとんどなく、周囲から「オカマ」と言われ、自ら「オカマ」の説明を繰り返しているうちに、新宿二丁目に行ってみたくなりました。

そして今の仕事に就くことになったのですが、ここの社長は、あのマスターよりもさらに「私が法律」の人でした。体育会系というより「大奥」の世界に近い感じです。面接で二時間待たされたときに、これは水商売の世界よりヤクザかもしれない、と思いました。けれど私は新宿二丁目で働きたいので、二時間待ちました。実質面接は「いつから来れるの?」という、一分で終わりました。

それから今日に至るまで、私がこの職場で求められていることは、社長の意向に従い、速やかに言われたことだけを遂行することであって、意見をしたり、逆らったり、社長の理不尽な行動にヘソを曲げたりすることはあってはならないというものです。最初の一、二年はそのことをとても受け入れがたく、ヘソを曲げっぱなしでしたが、四年経った今では、あまりストレスもなく、それだけを遂行するということをこなせるようになってきました。

ときどき、この木屋町から二丁目の職場への経緯を振り返ります。
労働する環境としては、自立している労働者という立場から見た場合、特殊な方向へ突き進んでいるような気もします。「オレが法律」という環境は、ノンケからゲイの職場に来ても変わりませんでした。ただ、そんな上司がたくさんいる中で働くよりは、王様と子分しかいない世界のほうが、私には合っているのかもしれません。

もっとも選びたくなかった世界や価値観を、結果、いつも選んで働いていて、いつのまにかなんなくこなせるようになっていく、ということはなんだか恐ろしいことだわ、と思いながら、本当は、その世界や価値観の中でしか生きていけない(お金を稼げない)自分がいるだけの話なのかしら、とも思います。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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