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先日、仕事中に「週刊文春」を読んでいたら、「上野千鶴子責任編集 おひとりさまマガジン」(文藝春秋)という雑誌の広告が目に飛び込んできました。

あ、読みたい、と思って、さっそく仕事帰りに二丁目の本屋で購入しました。すぐに帰って読みたいけれど、今夜のうちに済ませておきたい用事があります。いつも行っているゲイバーで人と会う約束です。それまでにまだ少し時間がありました。
それに飲む前にお腹に何か入れておきたいと思い、雑誌を手に近くの「プロント」というバー形式のファミレスのような店に入りました。

カウンターに座り、生ビールとピザを注文して、雑誌を広げます。細長いグラスの生ビールを飲みながら足を組んで、最初の特集「最強負け犬トリオ おひとりさま街道をゆく 香山リカ 酒井順子 上野千鶴子」の座談会を熟読していて、ふと、ピザがやってきたときに、自分の姿を客観視しました。

今まさに私がおひとりさまのようだわ、となぜか辺りを見渡してみました。周囲のテーブル席では、リーマンのオッサンたちが3人や2人で、それぞれネクタイをゆるめてビールを飲んでいたり、スーツ姿の女と男がデートをしていたりします。
この私の姿は傍目にはどう映るのかしらと思いますが、もちろん誰も気に止めていません。カウンターに30を過ぎた男が一人でいるだけで、雑誌のコンセプトにあるようなおひとりさまの女性には見えないことでしょう。それに他人の目を気にしている時点で、おひとりさまにはまだ遠い気がしました。

気負いのないおひとりさまにいつかはなりたいと思いますが、クロとの付き合いを選んでいる時点ではありえない段階です。
2人で温泉旅行に行ってからしばらくして、習慣となっていたクロの家でのお泊りがなくなりました。泊まりに行っても私がセックスをしないことが続いたせいか、手料理をつくって待っていたり私の服にアイロンをかけたりしてくれていたクロのモチベーションは下がってしまったようで、泊まりに行っても外食になり、気がつくと、私の着ていた服を洗濯してくれても一晩では乾かない季節になっていました。

そのうち、週に一回新宿でいっしょにご飯を食べてゲイバーで飲んで別々に帰るという、初期のデートにリセットされたような状態になりました。

帰り際にクロは少し酔った口調で、「これからセックスする?」と聞いてきます。
「セックスするなら(私の家へ)泊まりに行く。しないなら(自分の家へ一人で)帰る」といいます。私は、「じゃあ・・(もなにもないのですが)、しない」と言って、後姿を見送ることになります。ひどいことをしているわ、という後ろめたさを感じながら、私は一人でゲイバーに行ってまた飲み始めます。

クロから「今日はセックスする?」と言われるたびに、私はセックスをする気持ちを失い始め、今や、どうやってしていたんだっけ、とセックスをしていた頃の記憶も曖昧になっています。それなのにどうして私はクロとの関係を終わりにしないのか、とずっとぼんやり考えています。かといって、恋をしているわけでもなくクロに欲情しているわけでもないので、付き合っている、とは言えない気もします。

ゲイバーで飲んでいたら、今別れたはずのクロから携帯に電話が入りました。駅のホームに立っている様子のノイズに混じって、クロは「ヒロシはAセクシュアルでしょう?」と聞いてきました。私は「違います」と言って電話を切りました。
というか、ひさしぶりに聞きました、その単語。どこから聞いてきたものやら、と普段そうした用語を使って会話をしたことがなかったので少し驚きました。

以前セクシュアリティ関連の本を読んでいた頃に、異性愛、同性愛、両性愛、全性愛、無性愛、非性愛・・といろいろな呼び方があることを知って・・、たしかAセクシュアルは無性愛か非性愛のことだったような気がします。性的指向が異性にも同性にも向かないという性的指向のことか、そもそも性欲自体がない人のことを指していたか、これもまた記憶が曖昧ですが、どちらにせよクロが使った意味合いは後者に違いありません。

私は性欲がないことはないのでそういう意味としてのAセクシュアルではありませんが、今の電話の内容を目の前のゲイバーのママにしたら、「そうです、って言ってあげたら彼も安心したのに」とクロに同情を寄せました。そして、「ていうか、茶屋ちゃんはオナニーするの?」と質問されて、「しますよ、ぜんぜん」と答えました。

そのあと、「私の家にはアダルトビデオやバイブがその辺に転がっていて、それを見たクロに、オナニーはするんだ・・、と恨みがましく言われたこともあるんですよ」と酔った口がなんでも話していました。

オナニーとセックスの必要性は違うと思いますが、やはり「そもそも性欲がない」という理由の方がクロは傷つかないかもしれません。セックス行為そのものに淡白であるという事実はありますが、あなたとセックスしたいと思わない、という気持ちを伝えることに躊躇します。私にとってクロの存在は、恋愛も性欲ないけれど付き合っているという「付き合っている」の部分が重要なのかもしれません。じっさい私は「彼氏がいる」と思い込むことでどこか安定しているような気分になります。
おひとりさまに程遠いわけです。

翌日職場のオーラちゃんにそんな話をしていたら、「じゃあいっそ嫁に行けば?」といわれました。それは、家庭に入れということでしょうか、家族になれということでしょうか、同棲しろということでしょうか、セックスは家には持ち込まない関係になるということでしょうか、頭の中で言葉が回ります。

それは解決策となるのか、と唸ってハタと気がつきました。「嫁はクロの方だよ」と、クロの料理洗濯掃除のもてなしを思い出します。逆に、そういうことを一切しないうえに精神的に尽くすこともできそうにない自分を振り返ります。
そして私は、「これだけワガママを言う私はむしろ姫だろうし、ヨメとヒメじゃ一緒に暮らせないんじゃない?」とその提案を却下してしまいました。それでも私の自意識は、ダンナではなくて姫・・。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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