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「エロパワー」

茶屋ひろし2010.03.24

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毎日同じ場所に勤めていると、時々、自分がアダルトビデオ屋で働いているということを忘れていたりします。
ここしばらく鼻唄を歌いながら入ってくる客が続くのは春になったからか、とか、ニヤニヤしながら入ってくる客には何かいいことがあったのか、とか、直線的な動きをする客に落ち着かなくなったり、挙動不審な客にやましさを感じたりして、ああ違うか、と認識を改めます。
それは、アダルトビデオ屋に入ることへの照れ隠しや後ろめたさからくる行動かもしれない、と思いなおすのです。
そういえば、レンタルビデオ屋や、中古ビデオショップでは、アダルトビデオのコーナーは他とは仕切られていて、会計場所も別になっていることがあります。「ワイセツ」は隠されていることが通常なのかもしれませんが、当店は昼間から通りに向けて入り口を開けっ放しにしているので、入るさいに鼻唄やニヤニヤや勢いやなにかが必要なのかもしれません。ゲイタウンとはいえ、昼間は、オフィス街で働く人たちの通行が多い通りです。
そんなことはもう気にしていない、といった常連さんたちは、気がつけば店内にいる、というさりげなさです。毎日ビデオをチェックしに来られる方も何人かいます。それこそ気がつけば、店内にいるお客さんがすべて毎日常連の方々だったりすると、これで一つサークルをつくってみませんか、と声をかけてみたくなります(余計なお世話です)。みなさん、人よりも棚を見に来られているので、側に立っている人と毎日すれ違っていることに気がついていないかもしれません。気づいていても、それは通勤電車で見かけるくらいの認識かもしれません。
ビデオよりも誰かと出会いたくて来店する人たちは淋しそうなオーラを発しますが、ビデオだけをチェックしに来られる人たちは黙々と一人でいます。欲しいビデオがあったら買う、なかったら出る、という以外の無駄な動きは見せません。お会計もスムーズです。毎日顔を合わせてもう何年か経つのに、店員の私と慣れ親しまないところもクールです。その一線を超えると、アダルトビデオを買えなくなってしまう危機が訪れるからかもしれません。
よく、ゲイバーで会った初対面の人に、そこのママが私のことを、「この人、あそこのビデオ屋で働いているの」と紹介してくれたとたん、「えー、もう買いにいけない」という反応に出くわします。いったん知り合いになってしまうと、自分の好きなエロを知られるのが恥ずかしくなる、といった様子です。「気にしないで買いに来てください」とは言うものの、気持ちもわかります。どの客がどんな好みかを覚えているときもあれば忘れているときもありますが、覚えていたとしてもデータとして頭に入っている状態で、それ以外に思うことはなにもないのですが・・と説明しようとして頓挫します。これはゲイショップの店員をやったことがない人には、この、客の好みへの関心の薄さは理解しにくいものだろうな、と思うからです。
ということで、常連さんには、その一線を超えないように、私も黙々と接客します。
ところが昼間の常連客の中でも年齢がぐっとあがると、淋しそうでもクールでもなく、親しげにビデオを買う人たちになります。むしろ自分の好みを私に知っていてほしい人たちです。たいてい病院帰りに寄ってくれます。杖をついて息を切らして、入り口で笑顔を見せます。過去に大病を患ったことがあって通院している人や、最近手術して退院した人たちです。この一年姿を見せなかった人も先週現れて、「生きていた!」と自分で言って笑いました。それはコッチの台詞だわ、と思います。ずっと歩いていなかったからここまで来るのに足が痛くて、とこぼします。エロパワーは侮れません。リハビリも兼ねています。医者に言われてタバコはやめたけどコレはやめられない、とビデオを買ってくれます。
遠く九州からビデオと男の子を買いにやってくる人もいました。年に二回ほど、三日から四日の滞在です。地元で一人、タバコ屋を営んでいるそうです。近所の年上の女性が彼の家に毎日来て、身の回りの世話を「頼んでもいないのに」してくれるのが嫌で、「東京に逃げてくるんだ」と言って笑っていました。二丁目に来ることが彼の楽しみのようです。ここ一年ほどご無沙汰なので、どうしたかしら、と思っています。
高齢のお客へのDVDの普及も進んでいます。最初のうちは取り扱い方がわからなくて、見ることが出来なかったと返品しに来られます。「これは不良品だ」と癇癪を起こす人もいます。私とオーラちゃんは電気屋の店員のように、店のデッキとリモコンを使って操作方法を教えます。
相手の耳が遠いこともあって、同じことを何回も大声で言っているうちに箇条書きのようになってしまいオーラちゃんに、「もう少しやさしく言ってあげて」とたしなめられます。それでも私の態度のキツさに辟易するより、このDVDを見たいという気持ちが勝つのか、操作方法を理解するまで粘られます。
VHSの時代から最近のインターネットまで、それぞれの普及がいつも急速に進むのは、エッチな映像を手軽に見たいという人々の欲求のせいだ、という話を思い出しました。
そうして私が操作方法を説明している横で二十代の男の子たちが、「エロビなんて買ったことないよ、ネットで見れるじゃん」「どっかから回ってくるしね」と棚を見ながら言い合っています。アダルトビデオの売り上げも、一時に比べると、急激ではありませんが下り坂に入っていると思われます。この先はどうなるのか想像はつきませんが、もう一度盛り上がるとしたらモザイク解禁の日が来る時かな、とオーラちゃんと冗談を言います。ブルーレイでは今ひとつキックが足りないようです。
そんななか、商品の問い合わせがありました。電話で若い男性の声が、あるVHSのタイトルを告げました。現役のスポーツ選手が学生時代に出演したというビデオで、DVDでの再販はなく、ネットで高額取引されているといういわくつきです。たまにビデオ屋にも入ってきますが、ネットの世界よりもはるかに低額で取引しています。
その日は偶然にも入ったばかりで、「ありますよ」と言うと、受話器の向こうのテンションが跳ね上がりました。それなのになんだか優柔不断で、来店と購入を迷いはじめました。通販はしていないので買いに来ていただくより他はありません。値段を告げると、「安い!」とまた興奮します。
人気商品なのですぐ売れてしまう可能性があります、と言うとうなだれます。ちょっと面白くなってきて、来店される確証がない取り置きは出来ません、などと言っているうちに、「明日行きます!」と決断が出ました。話しているうちになんとなく、この人は二丁目に来たことがないか、来るのが怖い人なのではないか、という印象を持ち始めていて、なんとしてでも来てもらおう、という気持ちになっていました。
翌日開店準備をしていると、すでにソワソワとこちらの様子を伺っている男子を通りに見つけて、来たわね、と思ったらビンゴでした。エロパワーが彼を部屋から出させたような気がしたのでした。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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