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「ファッジパッカー」

茶屋ひろし2010.05.20

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二ヶ月ぶりに髪を切りに行きました。前回、担当してくれている美容師のお兄さんに、「前髪を伸ばす感じで行きましょうか」と言われて、「はいどうぞ」と承諾しました。髪型に関しては昔から全面的に受身です。さらに、せっかくいろいろと手を加えてくれたにもかかわらず、そのあとは無頓着に過ごすので、ひと月経って切りに行く時はぼさぼさで、いつも美容師を失望させているのではないか、という被害妄想もあります。
今回は、前髪を伸ばすって言っていたから伸びていてもいいんだ、とよくわからない自己肯定をして妄想を打ち消しました。
鏡の前に座ると、美容師のお兄さん(小林くん(仮名)、38歳、結婚していて三歳の娘を持つパパ、顔がかつての「ルパン」に酷似)は、おや、という顔をして、「髭、いいですね」と生やしているアゴ髭を褒めてくれました。「男っぽくていいっすよ」とさらに続きます。
男っぽい! ひさしぶりに聞く単語になんだか嬉しくなりました。
それが伝わったのか、「雰囲気が出ましたね」とか、「前髪も男らしさを出す感じで行こうと思っていたんですよ」と、「男」を強調してきます。
なんだか、ふふん、といい気になりながら聞いていると、小林くんはこれまでの苦労を少し口にしました。「いつもできるだけ可愛い(女っぽい)感じにならないようにと思ってやってきたんだけど・・」(やっとその苦労が報われそうだ)。心の中で付け足してみました。
昔から女性やゲイの美容師さんのときは、前髪をパッツンにされたり、アヴァンギャルドになったりで、仕上がりはたしかに「男らしさ」から逸脱してきました。
それはそれで、その時の自分と合っていた部分もあり、楽しくもありました。
小林くんにはカミングアウトをしていません。私がゲイだとばれていない模様です(ほんとか)。会話の端々から、私をヘテロの男として扱っている様子が伺えるからです。でも私に娘の話をよくするのは、私が近所のおばさんのように聞くことができて話しやすいからではないか、と私が思っていることに気づいているのかどうかは、微妙なところです(気づかないだろう、ややこしい)。
けれど、「男らしい」なんて慣れない褒め言葉を聞いていると落ち着かなくなってしまって、褒めてくれた髭を触って「でも(量が)ちょっとなんですけどね」と笑ってみると、「それで全部ですか」と驚くので、「はい、これで全部です」と吹き出してしまいました。
そうか、これからの私は「男らしい」ビジュアルになっていくのか、なんて思いながら、年齢とともにただのおっさんにしか見えなくなってきているだけかも、と選択できることではないような気もしました。
よく行くゲイバーのママは、「アンタみたいな見た目も中身もオネエのわけのわからないオカマは、ある程度の年齢になったら、自分は中年の男だということを素直に受け入れていかないと、もっとわけのわからない気持ちの悪い人になってしまうのよ」と忠告してくれます。ゲイじゃない人たちの住む世界とコンタクトが取れなくなってバランスの壊れた人になってしまうそうです。身に沁みます。
あなたはトランスが入っているのか、とセクシュアリティを、人から自分から問われてきたような人生ですが、最近は、自分がゲイであることや、男であることが、なんとなく一致してきたように感じます。では、私の「男」はどこにあるのかしら、と考えてみました。
時々女子に、「男はどうしてアダルトビデオが好きなの? 見たことはあるけど、つまらない」というような疑問と感想を言われます。男目線でつくられたポルノだからかな、とフェミ発言をしながらも言い足りない気分です。
以前ゲイバーで飲んでいたときにカウンターにいた30歳のノンケ男子は、「とにかく巨乳が一番です!」と酔って叫んでいました。相手のおっぱいが大きければ大きいほどいいのだそうです。少し前までは、ああ、ノンケだ、と思ったものでしたが、その時ふと、ゲイの巨根好きと変わらないな、と思ってしまいました。それはセクシュアリティの違いではなくて、「男だから」。
「男」は形や記号に欲情する。だからアダルトビデオに、ノンケの男性なら女性の胸や性器が、ゲイの男性ならチンコが映ってさえすれば、オナニーができるのかもしれません。同じ「男」でも萌える詳細を語れば人それぞれだと思われますが、ざっくりと言えばそんな世界です。そういう意味では、たしかに私は「男」に属するわ、と思います。
ただ、記号は記号でも、私は男の肛門に欲情することができません(・・知るか)。アダルトビデオ屋で働き始めたときから気づいていました。人は学習する生き物だというから、毎日ビデオのパッケージを眺めていれば慣れてきて、そのうち見ただけで欲情するようになるかもしれない、とまで思いました。実践でのいつまでたっても上手くいかないアナルセックスに、いっそしない人生を選んでもかまわないと、思いながらも、せっかくだし・・とか、なにやら損をしている気持ちを捨てきれないようです。
小学生の時に、六年生だった兄が風呂上りに裸で走ってきて、「ひろし、ほら、肛門」と私にお尻を広げて見せて、股の間から笑っていた姿がトラウマになっているのかもしれません。
先日はゲイバーで、肛門に欲情するという同い年の男子に会いました。「むしろチンコよりケツが好き、使い込まれたケツなら一時間でも舐めていられる」と蛇のような目つきで言います。使いこまれたケツはどうやってわかるの? 一時間も舐めるの! と驚きました。舐める方も舐められる方もアゴやフシブシが疲れそうです。翌日職場のオーラちゃんに報告したら、「一時間も舐められたら、見たことのない汁が出てきそうだね」と笑いました。
そんなわけで、ひさしぶりにアナルを使ったオナニーをしてみるか(「アナニー」と呼ばれています)、と巷で人気のエネマグラを試してみました。類似品が数多く出ています。そのキャッチコピーに多いのが、「女性が味わう快感をアナタに!」といったものです。
矛盾しているわ、と思います。男が女の快感を味わうことなんてできるわけないじゃない女じゃないんだから、とエネマグラを差し込んだまま、前立腺の刺激によって訪れるという快感を、マニュアルどおりに横たわって待ちます。10分たっても20分たってもよくわかりません。痺れをきらしてしまって、肛門に入れたまま風呂掃除をしてしまいました。やる気がないのかもしれません。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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