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「特技はママチャリ」

茶屋ひろし2010.06.04

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武士道とは、敵に勝つことを目指す道ではなくて、敵をつくらないようにする道だそうです。ということで、「天下無敵」とは、どんな敵にも勝ってしまうことを意味するのではなくて、どこにも敵がいない状態を指す言葉だそうです。
前回に引き続き、内田樹さんの本にハマっています。彼は武道家でもあるようで、著作の中で、随所に「武士道」が引用されます。読みながら武士はいろいろと大変だなーと思います。外に出れば七方向に敵がいると思え(いるじゃん、敵。ではなくて、立ち居振る舞いの話か)、とか、呼ばれたときに初めて自分が生まれるべきである(リセット人生?)、など、難しい話も多いのですが、そのなかで、相手の動きの先を読んで動く、というのがあって、これは、スポーツの世界とか、将棋の世界の話でよく聞くことかしら、と思いました。
職場のオーラちゃんはここのところ、ずっと私から内田樹本の話を聞かされているのですが(毎度迷惑な話です)、そうして仕入れたばかりの知識の断片をちぐはぐに話しながら、そこの部分に来て、ふと、「これは私、すでにマスターしているわ」と思って、自分の自転車運転の話に切り替えました。
ニ、三年前から、なんとなくそういう気はしていました。誰に自慢して良いのかわからないまま、私、自転車に乗るの、上達したな、と密かに思っていたのです。
ほぼ毎日、自転車通勤をして四年が過ぎました(京都時代を含めるともっとです)。本当は歩道を走らなければいけないようですが、歩道は狭くて人も多く、主に車道を走ります。左側通行です。駐車違反が厳しくなって、路肩に停めてある車は一時に比べると減りましたが、それでもいくつかの配達や営業などの車は停まっています。切符を切られるのを警戒してか運転席に人がいる場合も多く、自転車でその横をすり抜けるときは、前から後から走ってくる車の状況とともに、前方に停まっている車の運転席に人がいるかどうかをできるだけ察知して、そのドアが突然開く可能性も入れて、10メートルくらい先から、流れを予測します。そのほかにも、道路を横切ろうとしている人や、歩道に寄せて停まりそうな、あるいは客を乗せて動き出しそうなタクシーも視野に入れます(都内はタクシーだらけです)。
基本的にいつも時間はギリギリなので、スピードは緩めませんが、ちょっとしたタイミングを計って遅くしたり早めたりもします。そのさじ加減が、最近では上手くいくことが多くなってきたように感じるのです。
「それは達人だね」とオーラちゃんに判を押してもらって満悦です。でもこうして慢心していると事故るような気もします(武士道)。ちなみに自転車はドンキで買ったママチャリです。ほぼ一万円のその自転車は、三色くらいしかなく、新宿区内で大量に出回っているため、自転車がたくさん停めてあるところに停めると、帰るときにどれが自分の自転車だったかわからなくなることがよくあります。一度は鍵がかかったので乗って走り出したら、すぐにこれは別の自転車だと気がついたこともありました。同じ自転車でも自転車にはその人の癖がつくのか、なんとなく違う、とわかるようです。というより、鍵も三種類しかないのかしら、と驚きました。ドンキ、おそろしい。
もともと、おしゃれ自転車や電動自転車を買うお金はなく(たぶん不精なので、購入してもメンテナンスや盗難に気を使うこともできません)、マウンテンバイクに乗っていた昔には、ギアチェンジに疲れて、それがどうでもよくなった頃に盗まれました。それ以来ずっとママチャリです。構造が単純で丈夫で、盗られる可能性が少なくて好きです(恋愛必勝法みたい・・)。ママチャリも乗りこなすことができるようになってきて、競技用の細い自転車以外には、たいていスピードでも勝ちます。
ほとんど競われていない通勤時の一人競技ですが、それでもたまに参戦してくる人もいます。そんなときは人気の少ない時の歩道も使って作戦勝ちに持って行きます。勝ったのか負けたのか、じっさいにはよくわかりませんが、相手と進路の分かれるまでが勝負です。けれど一番大きな敵は、バス停に停まったバスです。歩道には人が待っていて、車道から車体ごと回りこむにはバスは道幅をとりすぎていて、前方がよく見えなくて危険です。バスが動き出すのを止まって待つか、それでも隙をみて追い抜くか、けれどその場合は、もうそのバスにはけして追い抜かれない勢いが必要です。次のバス停でそのバスが停まるまでに、次のバス停を通り過ぎなくては行けません。体力勝負です。どうでもいい話が続いています。
唯一の休息時間は信号待ちです。その間はいつものぼんやりしている自分に戻ります。あるとき信号を待っていたら、向こうから中年の女性がストライプを渡りはじめました。ぼんやりしながら、赤信号を見ます。中ほどまで歩いてきたときに、先ほどまでその女性と一緒に信号を待っていた小学生の男の子たちが、「まだ赤だよ!」と叫びました。次に我に返ったのは私でしたが、声が出ません。女性を見つめて、無意識のうちに手を差し伸べました。ようやく女性は赤信号を一人で渡っていることに気がついて、慌てて左右を見ながら小走りに渡りきりました。
「やだ、もう青になったと思ってた、どうしたんだろう、ねえ、びっくりした。もう青だと思ってた」と私の顔を見ながら何度も同じ言葉を繰り返しました。うんうん、と私は私でまだ声が出ないままうなずきました。ふとまだ、向こう側にいる子どもたちを見るともう別の遊びに興じていてこっちに関心がないようです。ひとしきりひとり言をいって女性は去っていき、信号が青に変わりました。
わー怖かった、子どもって早い、何もなくてよかった、人ってこういうときは知らない人にでもしゃべるんだ、といろいろと同時に思いながら自転車をスタートさせました。
それにしても、意識がはっきりしているのが自転車に乗っている時だけというのもどうかしら、と先日はひさしぶりにゲイのクラブイベントに行きました。積極的に誰かと出会いたい! と言う飲み友達に付き添ったような参加でした。イベントは「30代でナイト」、30代を中心に集ります。受け付けで番号札をもらって付けて、気に入った人がいたら相手の番号を書いてスタッフに渡すという、出会い系のイベントです。私は323番でした。そんなに来ているの? と疑う余地もないくらい踏み入れた会場は満員電車状態でした。年代でくくっているせいかヴィジュアル面は多様ですが、それでも見た目がオネエっぽい人は一割くらいです。やはり・・、と少しくじけそうになりましたが、そうでなくても誰に何を仕掛けて良いのか混乱するくらいの人いきれです。でもせっかくだし、と爆音の音楽の中で、隣の人に話しかけてみますが、お呼びじゃないようです(というか、主旨を無視しています)。
三人目で諦めて、踊り始めたら楽しくなってきました。「天下無敵」な気分です。誰にも相手にされていないだけかもしれません。一緒に行った人は誰かと携帯のアドレス交換がすんだようです。それを横目に、躍り疲れた私は自己紹介カードに、特技はママチャリ、と書いてみました。嘘です。書いたところで、役に立たない特技でした。 

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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