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「そういう人として」

茶屋ひろし2010.12.04

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職場のビデオ屋で、ある夜、お弁当を買って帰ってきたオーラちゃんが店に入るなり、「茶屋ちゃん、店の前にネズミがいるよ。じっとして動かないの」と楽しそうに言いました。「死んでいるの?」と聞くと、「ううん、生きているけど動かないの」「えー、なにそれ」と驚きました。生きているネズミが人の目に触れるところでじっとしているなんて有り得ないことだと思いました。店の前の歩道には今も人が行き交っています。
「見てみてよ」というオーラちゃんの言葉に、表に出てみました。
見るとたしかに看板の前に、ネズミがじっとしています。けれど、鼻先が何かで覆われています。しゃがんで観察してみると、それは一口大のチョコレートの包装(両端をひねってあるものではなくて、ギザギザのついている袋タイプ)でした。おそらく、甘い匂いに誘われて、袋の空いていた方から顔をつっこんだものの、袋が取れなくなってしまい、中で窒息しかかっているものだと思われました。袋の端をつまんで持ち上げてみると、弱々しく手足をじたばたさせながら、体ごと宙に浮きます。
可笑しい。一人で笑いながら、指で空いていない方のギザギザを剥いて袋を取ろうとしますが、ネズミの鼻先に空気は入ったものの上手く取れません。通りすがりのビアンカップルがその様子を見て、「せつないねぇ」と言って通り過ぎていきました。
せつない? そうなの? と、一旦、袋ごとネズミを踏まれない場所において、店に戻ってハサミを取りに行きました。
「何するのー?」と、カウンターの中でお弁当を食べ始めたオーラちゃんに聞かれて、「いや、袋を取ってあげようと思って」と答えると、「えー、いいよ、ほっときなよー」と笑います。いやいや、そういうわけにもいかんでしょう、とネズミのところに戻って、ヒゲや身を切らないように袋だけ裂くと、袋が鼻先からはずれた瞬間、ネズミはスルっと落ちて、街路樹の根元にある雑草の茂みへ逃げ込みました。
店に戻った私を、「助けてあげたんだー。じゃあ、恩返しに来るね、あのネズミ」とオーラちゃんがからかいました。
ネズミの恩返しねぇ・・どんなものかしら、と思っていたら、数日後、変わった形で返ってきました。それは次回に書いてみようと思います。
ビデオ屋のお客さんで、やたらと「すみません」を連発する人が何人かいます。商品をレジに持ってきた段階で「すみません」、値段を告げると「すみません」、お金を私に渡す時に「すみません」、お釣りを受け取ったら「すみません」、商品を受け取っても「すみません」、ありがとうございました、と送り出すときにも「すみません」・・。
何回ゆうねん、と心の中でつっこんでしまいます。いっそ、「おっさん、すみません言いすぎやわ。びっくりするわ、もう」と口に出して言いたいところですがこらえます。
悪いことを言われているわけではない、という思いが、むしろコチラに気を使っているからじゃないか、という思いが、つっこみに歯止めをかけるのです。それにしても、どういう来し方をされてきたのかしら・・、と彼らの半生を思います。
週に一度、私の休みの日に昼間入る、普段は遅番のオーラちゃんが、「ときどきお客さんに、『いつもの兄ちゃんはいないの?』って聞かれるよ」と教えてくれます。毎晩 入っているオーラちゃんも、夜来るお客さんにしてみれば「いつもの兄ちゃん」ですが、この場合は昼間の時間帯にいつもいる私のことです。尋ねてくるのは毎日来てくれているお客さんたちのようです。そのお客さんの特徴を聞いては、あの人かも、と思い当たりますが、往々にして接客三大用語以外に口を利いたことのない人ばかりなので、なんだか可笑しくなります。
オーラちゃんにそう言うと、「茶屋ちゃんは女王だね」と称号を与えてくれました。愛想がなくてふてぶてしい店員、という意味かもしれません。私がとても愛想が良くて腰の低い接客を心がけていたら、「すみません」おじさんも、そんなに「すみません」を言わなくて済むのかもしれない、と思いました。
どうしても、自分の態度を改めるより、相手を変だ、と突っ込むほうが先に出るのは、人間ができていない証拠かもしれません。
先日は、レジで電卓を片手に出納張とにらめっこをしていたら、棚からDVDが落ちた音が聞こえました。商品を選んでいてお客さんが落とすことはしょっちゅうですが、落ちるところにも商品が平積みにされているので、それがクッションとなって、DVDが損傷することはあまりありません。けれど今回は、確かにケースが割れた音がしました。それもすぐ目の前でした。
落とした若い男子は破損したDVDを、黙ってそのまま棚に戻しました。
まあ、それはないんじゃないの、と思いながら、カウンターから出ると、男子はそそくさと奥へ逃げました。もう、すみません、くらい言ったらどうなのよ、弁償しろとまでは言わないわよ、と心の中でブツクサ言いながら、壊れたDVDを回収して、どうしたものかと思いました。このまま行くと、たぶんあの子は何も言わず、しばらくしたら何事もなかったかのように店を出て行くでしょう、と思って、割れたケースを彼に見えるようにレジに並べてみました。
すると、しばらくして、店を出ようとレジ前まで来た男子は、じっと見ていた私と目が合うと、弱く笑って、出て行きました。
なにそれ、はにかんだ? ま、負けた・・、と思いました。
言いたいけれど、言いたいことを言わないでやり過ごすと、自分の思い込みのせいで本当は見えていなかった相手が、くっきりと現れたような感覚に陥ります。「すみません」をたくさん言う人、「すみません」を言わない人、私にとってはおかしな人たちですが、それはそれで、そういう人として、そっとしておこうという気にもなります。死にかけたネズミじゃあるまいし。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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