ラブピースクラブはフェミニズムの視点でセックスグッズを売り始めた日本で最初のトーイショップです。

アンティル、就職する。

アンティル2010.10.20

Loading...

「是非うちの会社に来てください」
受かるはずのない就職試験に受かってしまった。今までの生きていた世界に、もう一つ新色が加わったような驚きが、電話を握る手から部屋中を染め上げる。
それは喜びや感激とは違う、ただ私の前に差し出された世界が今までとはちょっと違う、少しだけ世界が広がったような、いや物理的な視野でホントに面積が膨張したような新たな世界の誕生だった。
「少し考えさせてください。」
今思うと、変な答えをしたもんだと思う。試験を受けとておいて、考えさせてくれはない。
「では3日だけ、猶予をあたえます。返事待ってます」
ガチャ。
私が迷った理由はただ一つ。家の仕事をしていたからだ。私が跡を継ぐことなど考えたこともなく、すぐやめるだろうと思っていた父は、私が本気で油にまみれて父に教えを請うことをしだいにうれしく思っていたようだった。私がオンナを好きなことと、それにともなう数々の奇行で戸惑い、会話もなくなっていった両親と私との間に生まれた新たな関係は、仕事を通し変わっていった。
男物のスーツを着ている私と笑って昼ご飯を食べる父と母。両親の私へのまなざしは私の小さな喜びだった。両親もそう思っていると感じていたから、本気で私に仕事を教えようとしていたのがわかったから、今さら家業をやめますなんて言えないと思った。もらった猶予の期間が刻々と過ぎる。そして3日目、その事実を告げた。
「マスコミの会社に受かったんだ。でもこのまま家の仕事を続けたいと思う。」
「本当!!!!!!」
ここ数年見たこともない笑顔で両親が笑った。
「就職しな。ずっとやりたかった仕事でしょう」
「でも・・・・」
「うちの仕事は量販店がこうも多くちゃ、未来がないからさぁ」
この頃の両親は私のセクシャリティーに寄り添うとしていた。戸惑い、私を否定することがなくなったかわりに、私の将来に仕事を通して力を貸そうとしていた2人。その両親にとって、私が私の力で社会に出ようとすることは、何よりもうれしかったのだと思う。そして、会社の面接に受かったことで私の未来に希望を持てたのかもしれない。
「うん」
私は就職を決めた。すごくうれしかった。
あの時と同じ坂を登る。今度はポロシャツと綿パンだ。会社に着くと1人のオトコが座っていた。
「よろしく。H。W大学出て代理店にいたんだ。」
「あぁ・・・よろしく。」
Hは仕切りに私に話しかけてくる。
「もう一人、受かったやつがいて今、向こうに呼ばれて行ってるんだけどさぁ、すごいチャラチャラした奴でやなんだよね。・・・・」
ザ!サークル!!繁華街でよくすれ違った私とはまったく違う同世代の代表のような、今でもラケットを持ち歩いているようなHが、私に話しかけてくる。
私は“私とHがいる”この状態に馴染めずカラダをこわばらせながら、曖昧な相づちを打っていた。同世代のオトコと世間話しをするなんて、小学生以来していない、いや、世間話しまでランクを上げると幼稚園以来かもしれない。
「そうなんだ。」
「よかったよ!アンティルみたいな同期で。」
『どうき・・・動機?動悸?銅器?同期?』
胸の中でドウキがこだまする。あぁ、私は新たな世界にやってきたのだ。
コーヒーの宣伝で呟くトミー・リー・ジョーンンズ扮する宇宙人ジョーンズの気分だ。この人は私と同じ世界の人?誰?この世界に私がいてもいいの?
そしてロン毛で早くも業界用語を連発するのオトコ、Yが加わり、お披露目会が開かれた。
「今日から入社する、Y君だ。DJをやってたそうだ。」
「へぇ〜」
「よろしくっす!」
「で、H君だ。代理店にいたからうちも付き合いのある人とも顔なじみだそうだ。」
「Hです。よろしくお願いします。夢は社長になることです。」
「そして、期待の新人一番若いアンティルさんだ。電気屋さんだったそうだ。あとオンナだからみんな間違えないように」
「え〜〜〜」
「はい!アンティルです。がんばります。」
驚く人の中でHの顔が引きつるのが見えた。
顔合わせが終わり、私達3人の新人だけで昼食をとりに行くことになった。
Y「なんにする?この辺でうまいとこどこなの?」
いつでも自然体、無理はけしてしないストリート系男子、マイペースYがHに話しかける。
H「俺、いつもこのあたりのカフェで打ち合わせするからうまいとこ知ってるよ」
Hは先ほどの態度が嘘のように、私と距離を持ちはじめた。
『やっぱりなぁ』
そんなことは私の予想の範疇、そんなことでくじける柔な私ではない。
しかし、これまでどんな社会の目にも負けないで生きてきた私に最大の試練が待っていた。
Y「Hは彼女いんの?」
H「うんまぁね。」
Y「へ〜俺さ今つきあってるのいるんだけどさぁ、就職したらすごい喜んじゃってさ、でも結婚とかいわれんのうざいし。あっここのパスタうめ〜!」
H「俺のサークルの先輩がさぁ、すげえもてる人でさ、自分で会社もやって俺もそうなりたいんだよね。あと3年くらいしたらさ。」
Y「へ〜そうなんだ。そんで俺さぁ・・・・」
わからない、どうやって会話に入っていいのかまったくわからない。
私が培ってきた人と人とのコミュニケーションというものが、この世界では通用しないのか?相手が聞いたこと、話したことにまず頷き、質問し、相手を知りながら、私の意見をいいながら育むコミュニケーション、会話のパターンが築けない。
私はよく知らないパスタを見つめながら、これから交わる世界への不安を募らせながら新生活1日目を終えた。

Loading...

アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

RANKING人気記事

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOP