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洞穴と憧れの黒肌

アンティル2011.01.26

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肉体改造に明け暮れたあの頃、新たに始めたことは脱・色白だった。おもちのように白く、カラダを焼いても赤くなって終わってしまう私にとって、こんがり小麦色の肌は憧れだった。女も男も“クロがかっこいい”と言われていた90年代前半。サーファー雑誌がコンビニに溢れてたっけ。ただでさえ、男にしては“華奢”なカラダをさらに貧弱に見せる白い肌。少しでもマッチョなカラダに近づくべく、私は日焼け街道を進む決心をした。
目指すは海。サーフィンの名所に近い親戚の家にあった壊れかけたサーフボードを抱えて海に入った。カラダも鍛えられるし、日焼けもできるし、一石二鳥。いくら私でも毎週海に通えば少しは黒くもなるだろうと思った。しかし私はサーフィンをしたことがない。
そこはサーフィンの名所だけあって波が高く、しかも潮の流れが速いため、サーファーがよく沖に流される場所だった。見よう見まねでサーフボードに乗り、沖に向かってパドリングをする。しかし波は高い。サーフボードを沖に進もうとすると、波にぶつかり私のカラダは空に投げ出されそして深く海に沈む。そのたび、ボードがカラダをえぐり血がダラダラ流れる。『おかしい?!』みんなこんな思いをしてサーフィンをしているのか?!!しばし格闘し、浜に上がるサーファー達を見てみると、私のサーフボードにはないものが付いている。
『何だあの紐は?!!』
サーフボードが流されないため、そしてカラダから適度な距離を保つためにボードと足首を結ぶ紐が私のサーフボードにはなかったのだ。
紐をつけて沖に出る。傷は減った。でも沖に出ることさえ相変わらずできない。そんな格闘をするうちに私のカラダは少しずつ黒くなっていくように思えた。『これでボードの上に乗れるようになれば、さらに太陽と近づく。こんがり肌になれるぞ!』
押し寄せる高い波の下に潜るように、海の底めがけ、サーフボードの先端に体重を乗せる。ようやく沖に出ることに成功した。さぁ!あとは追い風のように流れる波のスピードに合わせてサーフボードをこぎ出し、勢いをつけて立ち上げるだけだ。1,2,3!サボーン。それを続けているうちに私はだいぶうまくなっていた。そして気がつくと周りには人がいなくなっていた。サーファー達の頭がウキのように遠くで浮かんでいる。
『あれ???』
沖で一人になった。
冷静になろうと、辺りの様子をうかがう。カモメが空を舞っている。そして左の方角にはさっきまで見えなかった岩場が見える。荒々しい岩肌の中にぽっかりあいた黒い陰。その陰は奥にむかってその色を濃くしている。その時、私は叔母が言っていた言葉を思い出した。
叔母「行くのはいいけどね、年に何人も行方不明になっている浜だから気をつけるんだよ。あの辺はすぐに沖に流されるしね。あとね、浜の西には、流された人達の死体がなぜか吸い込まれる洞穴があるんだよ。・・・・」
『あっ!!!!』
『あの洞穴だ。私のすぐ近くにその洞穴がある!!!!』
じっくりとそして確実に洞穴に近づく私のサーフボード。よく見ると、洞穴に向かって激しい波しぶきが立っている。ギザギザの岩肌。あそこに行ったら命はない!!私は人生の中で最速であろう早さで両腕を回し、波をかき分けた。こんな所でくたばるわけにはいかない!私はこんがり小麦色になるんだ!!!
そして2時間後、ようやく私は九死に一生を得た。空はすっかりオレンジ色だった。そして私のカラダは空より濃い赤い色になっていた。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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