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「すれ違いの生活 2」

茶屋ひろし2011.06.17

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先日、いつものように自転車で帰宅していて、家の近くの交差点で止まったとき、横断歩道に頭をはみ出したかたちで、大きな体の男性がうつぶせで倒れていました。短くてまばらな白髪頭をあげて、大きな目で私を見上げています。大きなガマ蛙(失礼な)に睨まれているような錯覚に陥りました。が、その目は懇願している様子でした。
思わず、「どうしたんですか?」と訊いてしまいます。倒れているんです、しか、その答えはありません。
足元には杖が倒れています。あらあら、と私は自転車から降りて、側に寄りました。そのときちょうど、向こうから二人組みの女性たちが、後ろからは学生風のひょろっとした男の子が、近づいてきました。「大丈夫ですか?」「どうされました?」とみな親切に気遣い、女性たちと男子はそれぞれ、おじいさんの両脇に腕を挟んで起こそうとします。私は杖を拾いました。
身長も幅もあって、なかなかの重さのようです。みな踏ん張ってその体を支えようとしますが、肝心の両足がぐにゃぐにゃで、力が入らず立てない様子です。酔っ払っているのね、とわかりました。まだ夜の八時くらいです。私は杖をつかせようと手元に持っていってみましたが、力が入らないのは足だけではないようで、デッキを持てません。
意識はハッキリしていて、元気は元気で、ずっとしゃべっています。「おかしいなー、昔はもっと強かったのになぁ、こんな弱くなっちまってなぁ」「ありがとーうございます! こうしてみなさんに支えられて生きて参りました!」、みんなで、なんとなく笑いながら困った感じになったところで、前の食堂から若い女将さんが出てきました。すると、とつぜんじいさんは叫びます。「見たことのある娘じゃ。そうか、お前は、俺の娘じゃないか! ノブエだろう。おー、なにしとる、もっとこっちへ来んかぁ」
娘じゃねーだろ、と思わず突っ込んでしまいます。女将さんはいったんお店に引っ込みました。そこへ、先ほどまで飲んでいたと思われる居酒屋の主人がかけつけてきて、「今、家族に電話したから、迎えにくるそうだから」とみなに伝えました。
女子も男子も、おじいさんの両脇に腕をつっこんで、立つのも座るのもままならない巨体を中途半端に持ち上げた状態が続いています。そこへ、先ほどの女将が、大将といっしょに店の椅子を持ち出してきました。
そこへ通りかかった三十代のスーツ姿の男性が、上から覗き込もうとして、「どうしたんですか、大丈夫ですか、なんですか」とせわしなく訊いてきました。みんな、おじいさんを椅子に座らせようと必死で、誰も答えません。仕方がないので私が、「酔って転んだみたい」と答えてあげました。「本当に、大丈夫なんですか」とそれでも言うので、知らないわよ、うるさいね、と思いながら、うなずいてやると、どこかへ行きました。
状況を見て自分で判断しなさいよ・・、自分が安心したいだけなの? それともいい人に思われたいだけ? ・・まったく、人命救助では足を引っ張るタイプね、と思いましたが、私は私で、杖を拾って、持たせようとして失敗してガードレールに立てかけた、くらいのことしかしていません。
「それでは、お先に失礼しまーす」と、私は自転車に乗って、その場をあとにしました。
親切な人がたくさんいてよかったわぁ、と思いながら、爽やかな帰宅になりました。
刑務所から出てきた男子を一時的とはいえ、家に住まわすことに、私はなんの覚悟も出来ていませんでした。まあ、いきなり漫喫ってわけにもいかないでしょうから、三日くらい泊まってけばいいんじゃない? と許容量が極端に狭くなったり、けれどひと月働いてお給料をもらうまでは、と伸びたり、脳内でじたばたしていました。
家に来る日が迫ってきた頃、私はそのじたばたを落ち着かせようと、ネットで出所者のための社会復帰をうながす施設を調べていました。「更生保護施設」といって、法務省の管轄で運営されている、宿泊無料の施設です。食事も朝晩つきます。主に身寄りのない人や未成年の出所者を対象としているようです。仕事と部屋をみつけるまでいることが出来ます。早くて一月未満、遅くて三ヶ月で、社会復帰が出来るようです。
前科持ち、ということで、私も彼に、どうやって就職や賃貸を借りるときのサポートをしてあげたらいいのかわかりません。身分証や保険などもどうしたらいいのか、ここは公的機関に委ねるのがいいかもしれない、という現実感と、やっぱりなんだかんだ言って知らない男と長期間住むことには耐えられないかもしれない、という防衛心に押されての案でした。
私の家に来たその夜、飲まないで帰った私は、玄関に出てきた彼に、「お帰りなさい」と自分の家に迎え入れられました。かつて私が留置所(近所の警察でした)に差し入れたジャージを履いています。新品だったそれは、二年のあいだにくたくたになって、すっかり彼の体型に馴染んでいました。
「さてと・・」となにから話していけばいいものやら、と私は彼を座らせて自分も座りましたが、落ち着きません。ほぼ初対面の相手と話すときに、自分の部屋って・・私の色が濃すぎます。彼は私が口火を切るのを、ぽかんと口を開けて待っています。
「・・外で話そうか」と私は、近所の居酒屋に連れて行くことにしました。
ビールを注文すると、彼はお酒が飲めないと言って、オレンジジュースを注文しました。「俺、お子様なんで」と笑います。その笑顔、誰かに似ています。その時はわかりませんでしたが、数日後、森三中の大島さんだと気づきました。大島さんを三周くらいコンパクトにした体型ですが、顔は大島さんです。呼び名がないのも不便なので、オーシマにしておきます。じっさいは、彼を下の名前で呼んでいました。(続きます・・最初の小咄が長いせいです、すみません・・)

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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