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「続 チップさん」

茶屋ひろし2011.12.16

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先月、父方の祖母が亡くなったので、ひさしぶりに大阪へ帰りました。享年百歳の大往生でした。秋ごろに一度倒れてまた意識を取り戻しましたが、いつ死んでもおかしくないと医者に言われて、病院で療養していました。
生きているうちに会いにおいでよ、と家族から言われていましたが、今月はテレビを買ってお金がないから来月にでも、などと先延ばしにしていたせいで間に合いませんでした。薄情な孫です。
お通夜に葬儀の二日間、祖母の家にいましたが、大阪に住んでいる親戚の人たちの中には、普段からちょこちょこ会いに行ったり、じっさいに介護をしていた人たちもいたりして、十数年会っていなかった私とはあきらかに温度差がありました。
伯母たちからいろいろな話を聞いたあと、やっぱり生きているうちに会っておけばよかった、と少し後悔しながら実家に帰ると、叔父が二年前に撮ったという祖母の動画がDVDであったので見ることにしました。
座卓で食事をしている様子と、食後に横になっている様子とを、それぞれ定点から十五分くらいずつ映したものです。
祖母は薬のせいかかなり体がむくんでいて、歩くことはままならなかったようです。それでも座って食事をして、トイレには歩伏前進で行き一人ですませて、会話も出来るようでした。
画面の中では、ずっと「あ、こら、え、こら」と言っています。それがたまに、「ああ、えらい。ああ、しんど」に変わって、何度も繰り返します。「えらい」は「大変」、「しんど」は「疲れた」という意味です。そう言いながら、布団に横になった祖母は雑然と物があふれている枕もとの棚に手を伸ばして何か取ろうとしています。手探りで探し当てたのは巻物状になっている何枚かの白い画用紙でした。広げようとしてもすぐに丸くなる画用紙をなんとか広げながら、祖母は大きな声で歌い始めました。
「包丁一本、晒しに巻いて、旅に出るのも、板場の修業」
「月の法善寺横町」です。音程もしっかりしていて、何より声に張りがあります。
そのDVDを一緒に見ていた私の姉が、「ヘルパーさんに好きな歌の歌詞を書いてもらって、ああやって歌ってたんやって。手書きやないとあかん、いうて」と教えてくれました。二曲目の「銀座の恋物語」あたりから、だんだん浪々とした読経のようになっていき、そのうち、「ああ、しんど。もう、ええわ」と、勝手に丸くなった画用紙を棚に戻しました。
体はしんどいけれど、歌うのは楽しい、楽しいけれどしんどい・・、そうか、そうでしたか、とその映像が心に残りました。
さて、前々回に書いたチップさんですが、ひと月ほどして復活しました。ナイーブで気性の激しいチップさん、帰り際にチップをくれるからチップさん、コンビニの前で無視をしてしまったからか、寄り付かなくなってしまっていたチップさんです。
またビデオを買いに来てくれるようになりました。
滞在時間も延びていき、長いときは三時間ほど、出たり入ったりを繰り返しながらではありますが、いるようになりました。ビデオを選ぶことはもちろんですが、そのあいだにおしゃべりをしたり、ジュースやコンビニの焼き鳥などを買ってきてくれて一緒に食べたりしながら過ごします。
普段の私は、ほとんどお客と口を効きません。昼間のビデオ屋で店員の私とお喋りを楽しみたい人には高齢の方が多いのですが、年々面倒臭くなってきて、最近では紋切り型にあしらってしまうことが多くなりました。一人で勝手に東京砂漠です。
店内での飲食もお断りします。缶ビールを飲みながら、アイスクリームを食べながら、携帯電話で話しながら入ってきた人には、「外でお願いします」とあまり間をおかずにスパンと言ってしまいます。
ところがどういうことでしょう。チップさんの話に延々と笑顔で相槌を打ち、フランクフルトとか一緒に食べている私です。現金の力ってすごい。お金をもらえるだけでこうも人が変わるのか。いえ、もとから貧乏臭い私でした。
さらに、いい人だなー、と本当はよく知らない人なのに、チップさんの人格まで全肯定しようとしていました。
ところが、タダではないですが美味しい話ばかりでもなく、チップさんの性質みたいなものが、どんどん激化していきました。
他人と接触することを何より嫌う人です。狭い店で背後を通った人の鞄や肩が当たるだけで、心底嫌そうな顔をして、「さわんじゃねーぞ、けっとばしてやろうか」と舌打ちをして、人が増えると店を出てしまいます。
以前はそこまででした。ひとり言のようにも聞こえ、チップさんと接触した人が気づかないほどでした。それが、ある日、台詞の音量が跳ね上り、同時に相手の二の腕にパンチしてしまいました。見ている限りそれは猫パンチくらいの威力だと思われましたが、「おい、こら、わかってんのか。なめてんじゃねーぞ、おい」と何度も二の腕を小突きます。
チップさんの背中に自分のリュックが触れたことに気がつかなかったその人は、驚いて苦笑しながら頭を軽く下げました。その態度がさらに気に入らないチップさんは、興奮した状態が続いてしまって、大声と猫パンチが止まらなくなってきました。
「もう、その辺で」と私はチップさんの体を腕で止めます。知っている人には触られるのは平気なのです。そういう意味ではなく、私の態度も気に入らなくなってしまって、「おまえは黙っとけ。これは俺の問題なんだ」とますます興奮します。叩かれた人は奥へと逃げて、チップさんはさらに追いかけようとします。それをまた止めようとする私をじっとにらみつけ、しばらく無言の状態が続いたあと、ぷいっと店を出て行きました。
ああ、びっくりした。本当に叩いたよ。この先、またこんなことがあるなら、それは良くないことだわと、私は呆然としつつ、けれど、これでまたしばらく姿を見せないかも、と思いました。
ところが、一週間後に復帰しました。スパンが短くなっています。そして、相変らず穏やかなときはお菓子もお金もくれますが、他人の接触だけには感情を抑えることが出来なくなっていき、立て続けに二人ほど叩いたり蹴ったりしてしまいました。
「警察沙汰にはしたくないからやめてほしい」とお願いしてみましたが、「俺は悪くない」の一点張りで、まあ、そうでしょうけど・・と、お互いに気持ちは一方通行です。
お金やものをもらっていなかったら、それこそ「外でやってちょうだい」とすんなり言えたかもしれません。原発誘致か、と自分を突っ込んだあと、なぜか祖母の歌っていた姿を思い出しました。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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