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「さよなら、チップさん(の、ようなもの)」

茶屋ひろし2012.01.05

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さて、チップさんの話です。ビデオを買って売ってくれる、週に何度も来てくれる、 さらにお菓子やお金もくれる・・それだけだと夢のようなお客さんだったチップさんですが、人と接触することをなにより嫌がり、段々、他のお客さんの肩や鞄が軽く触れただけで激怒して、怒鳴って蹴るようになっていったチップさんです。
来て早々、入り口付近で、というときもあります。そのまま、ぷいっ、と出て行ってそのまま帰ってこない日には、あの人今日はなにしに来たんだろう、と首をかしげてしまいます。
とはいえ、首をかしげている場合でもなくて、なんとかしないと、他のお客さんたちにも迷惑だし、なにより、それを見ている私が嫌です。オーラちゃんと協議を重ねます。
オーラちゃんは、「そうならないようにしている」と言って、チップさんの背後を人が通る時には交通整理よろしく、「はい、人が通ります!」とそのつど警告して、本人が話に熱中して反応が鈍い時は、体ごとレジ側に引き込む、という荒業をやってのけているそうです。ただしチップさんがいる間はずっとそれをやらなければいけません。他の仕事が出来ません。私も「後ろ、通ります」くらいは言うようになっていましたが、よけたつもりがよろけてあたって怒鳴る、みたいな本末転倒も見てきているので、それは万能策ではなくて、「やらないよりやったほうがまし」策のような気がしていました。
「ああ、面倒臭い、もう、はっきりと言うわ!」と言うと、「なんて?」とオーラちゃんが訊くので、「だから店内で大声を出したり人を蹴ったりしないでください、って」と答えると、「それで?」と来るので、「・・だから、どうしてもそれをしてしまうのなら、もう来ないでください、ってことになるかしら」
オーラちゃんは、「僕は、もう来ないで、とまで言う必要はないと思うよ」と慎重に答えます。「あと、強い口調で言うのもやめたほうがいいと思う」
・・見透かされています。難しい課題です。
もうそういうことやめて、しないで、なんで蹴るようになっちゃったの? 怒鳴り声きらいうるさいうっとうしい、あなたなんかおかしい、もう出て行って!
頭にあふれ出すのはそういう類の言葉たちです。オーラちゃんが心配しているのは、そういうことを言いたい放題言ったら、たしかにチップさんは来なくなると思うけど、憎まれてしまうよ、ということでした。
たしかに、散々お菓子やお金をもらっておいて、ある一点において、手のひらを返したように私の態度が変われば、平和的な解決には至らなさそうです。
けれど、お願いしてみたところでこちらの気持ちを汲み取ってもらえる可能性は薄い。
チップさんは自分の聞いてもらいたい話しかできません。感情が激化しているときはなおさらでしょう。
わかりました。決定的な一打は打たないように話してみます。
翌日、来店したチップさんは、まずお菓子セットをくれました。そして近況をいつものように話し出そうとした瞬間、後ろを通った若い子が当たってしまいました。早い展開です。チップさんが怒鳴ると相手はメンチを切って出て行きました。興奮冷めやらぬチップさんは出たり入ったりして、ぶつぶつ文句を言いながら、私の前に戻ってきました。「あんにゃろう、ねえ、おかしいでしょう。当たらなくても通れるんだか ら。ちょっと一言言えばすむのにぶつかってきやがって。許せねえ」と私に同意を求めます。
実際、わき目も振らずいろんなものにぶつかっても気にしない人たちも少なくありません。そういう人たちをおかしいと私も思うけれど、あなたの反応も過剰だと思う。そしていまや、針が振り切れてしまっていて、伝わるものも伝わらなくなって、空回りしておかしくなってしまっている。それをもう止めて欲しい。
同じことを五分間に十回くらい言うチップさんに、私は「それはわかるんだけど、ここで大声を出されるとびっくりしちゃう」「人を蹴るのはやめてほしい」「なんか困っちゃう」と言い続けました。最後の方は、びっくりしちゃう、と、困っちゃう、を繰り返すだけの壊れた山本リンダのようになっていました。途中、「俺は困らない!」と反応したチップさんでしたが、やがて「帰る」とチップさんは話をやめました。そして「あげたもの返して」と先ほど渡したお菓子セットの返還を要求しました。「はい」とレジ下に入れたお菓子セットを渡しました。
それきり私がいるときには来なくなりましたが、他の人がいるときに姿を現して、私の文句を言うようになりました。
「大っ嫌いになった」「あんにゃろう、金も当然のような顔して受け取るんだ」「今まであげた金を返してもらいたいくらいだ」
大好きだったのね・・、当然のようには心外だけれど四時間付き合った報酬だとは思っていたわ・・(それを当然と言う)、返してもらう? それは無理よ、ぜんぶお酒に使ってしまいました。ごめんなさい。今までありがとう。さようなら。
チップさんの来なくなった年末年始の店内で、人が込み合ってすれ違っても喧嘩の起きない日常に戻ったことにほっとしながら、かつて楽しそうに話していたチップさんの顔を思い出すと、やるせない気分に襲われます。
私は弱者を排除してしまったのか、はたまたチンピラ風情をお断りしただけなのか、彼が気に入って大嫌いになってしまった私はどういうものだったんだろう、というようなことをずっと考えています。卑近で詮ない話です。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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