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「マギエさん」

茶屋ひろし2012.02.06

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去年の今頃は何をしていたんだろうと思い返していたら、そういえば、一月に中島みゆき、そして二月には斉藤由貴のコンサートに行ったのでした。
どちらもチケットをとって誘ってくれたのは、マギエさんという四十代前半のゲイの人です。共通の友人を介して知り合いました。中島みゆきのコンサート会場のフォーラムAで初対面、斉藤由貴の渋谷のパルコ劇場で二回目でした。
斉藤由貴のあと、渋谷で軽く食事をしながら、マギエさんのキャラクターを存分に楽しませていただいた私は、このコラムでアナタのことを書いていいかしら、と承諾を得ました。
ところが翌月、震災と原発事故が起こって、刑務所から男の子がやってきて、もうひとつ人には言えない出来事にまきこまれ、そうこうしているうちにチップさんがめまぐるしい展開を見せ始めたため、コラムのネタにしようと思っていたマギエさんがどこかへ行ってしまっていました。
年末にひさしぶりにお会いしたとき、「ずっと読ませていただいているんだけど、いっこうにアタシが登場しないのは、なぜ?」と心待ちにされていたご様子で、「そういえば・・」と思い出した次第です。書かないでくれ、という人が大半のなか、稀有な人です。
パルコ劇場のロビーで待ち合わせをしました。一足先に着いた私は、マギエさんを待つ間、ロビーの隅にドリンクバーを発見して、少し迷いました。軽くビールでも飲みながら時間を過ごしたいものだけれど、開演前にビールなんて飲んだら、絶対すぐにトイレに行きたくなるはず・・、でもなんだか飲みたい気分・・と吸い寄せられるようにカウンターに近づき、なんのあいだを取ったのか、ZIMA という発泡性のリキュールを飲むことにしました。ゆっくり飲んで煙草を一本吸い終わったところで、マギエさんがやって来ました。仕事帰りのマギエさんはスーツ姿です。腕にコートをかけてパンパンに膨らんだ黒いビジネスバッグを提げています。眼鏡の奥では人なつこい目が笑っていて、職業そのまま、学校の先生のような風貌です。
「アタシも一服させて」と煙草を取り出したマギエさんと少し話して、私は、一度トイレに行きました。大丈夫かな、と膀胱の辺りを気にしますが、次の波はすぐやってきそうな気配です。端っこの席ならいいな、と思いましたが、二人の席は中心の真ん中でした。座って両隣に四、五人が着席しました。トイレに行く時は、前を失礼しなければなりません。
案の定、コンサートが始まって二曲目で、もうトイレに行きたくなりました。早すぎます。曲はしっとりとしたバラードで、その雰囲気もまた行きにくいものでした。
なんとか三曲目が終わるまで我慢して、次の曲が始まる前を見計らって、私は腰を浮かせました。どうしたの? と小声で訊いてきたマギエさんに、トイレ、と言うと、まあ、とびっくりされました。
トイレのなかで、スピーカーから流れてくる斉藤さんの歌を聴きながら、あと二回は行きたくなるな、と私は確信していました。けれどこれ以上出たり入ったりするのは、周囲に座っている人に気兼ねします。会場に戻った私は、出口に近い通路の階段に座って舞台を見ながら、第三派が来るのを待つことにしました。それはもれなくやってきました。再びトイレに行って、通路に座った私に、見かねたスタッフの女性が、空いている席に座ってください、と後方の席を案内してくれました。たぶん、あと一回行けばもう最後まで大丈夫だと思う、と私は最後の波がくるのを、ゆったりとした気分で待つことにしました。
誰にも迷惑をかけずにいつでもトイレに行くことが出来て、コンサートも楽しめて、いい場所です。
すると、コンサートのメインイベント、ゲストミュージシャン(その日は武部聡志でした)とのセッションが終わったあと、前方下の通路をマギエさんが腰をかがめてそそくさと横切って行く姿が見えました。あら、マギエさんもトイレ・・となんとなく見送った後、出てすぐに戻ってきたマギエさんはスタッフの女性に私の方を指差されて、まあ、とまた驚かれました。
鈍感にコンサートを楽しんでいた私も、さすがに異変を察しました。
しばらくして(最後のトイレを終えて)マギエさんの隣に戻った私に、マギエさんは「ぜんぜん戻ってこないからトイレで倒れているんじゃないかしらって気になっちゃって」と小声の早口で説明しました。「ごめんなさい」と私もこっそり謝りました。
コンサートが終わって、マギエさんは溜めていた思いを一気に吐き出しました。
「それでスタッフの方に聞いたのよ。トイレに行った男性はどうされているかご存知ですか、って。そしたら、まあ、あそこに座っています、って言うじゃない。アタシもうびっくりしちゃって。本当に心配したんだから。それどころか、連れの人(私のこと)が席を離れたきり戻ってこないことをアタシの後ろの席の人たちが気にしていて、アタシがそのことを気にしていないんじゃないか、なんて思いやりがないやつだとか思われているんじゃないかしら、って気になり始めるわ・・、そのうち、あなたが本当はテロリストで、ほら、荷物を椅子の下に置いたままだったでしょう、そこに爆弾が仕掛けられていてこの会場ごと爆破するつもりで、とっくにあなたは逃げ出していてここから遠く離れた場所にいるんじゃないかしらって、怖くなってきちゃって。それで意を決して、様子を見に行くことにしたのよ!」
途中から、いえ、最初から笑って聞いてしまいました。最後のほうは妄想がエンターテイメントに昇華しています。
「冗談じゃないのよ、そのせいで斉藤由貴の世界に入り込めなかったあの四十分間をアタシに返してちょうだい!」と怒るマギエさんも、すでに笑っていました。
しばらくして、マギエさんは職場でもそんな話し方なの? と聞くと、「ええ、そうよ。周りからはオネエのマギエ、って呼ばれている。でも、アタシがゲイだってことはバレていないのよ」と得意げに答えました。
・・・。
失われた四十分間のお詫びに、ツッコミは封印することにしました。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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