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ある日、ビデオ屋に入ってきた体の大きな男の子は、下唇にくさびのようなピアスを入れていました。唇の内側から入って顎の上に先が出ています。刺すよねー、とはるな愛ちゃんみたいに思っていたら、今度は背を向けた彼のうなじが目につきました。縦に二列、等間隔に鋲のようなピアスの頭が六つ見えます。まあ、打つよねー、と少し動揺しました。初めて見るかもしれません。しばらくして商品をレジに置いた彼の手を見て、ぎょっとしました。右手の甲がリングの形に盛り上がっています。どうやら厚さ一センチほどのリングが皮膚の下にあるようです。う、埋めるんだー、と驚きました。

ありがとうございました、と言いながら、おみそれしました、と頭を下げました。
男女ものばかり買って行ったからゲイではないのかしら、とそのあと不思議な気分になりました。
さて、六月に、いつも行っているゲイバーの周年パーティーがありました。レストランを貸し切っての、参加者が百人を超える三十周年のイベントです。五年前の二十五周年の時も同じ様式でした。その時はドレスコードがあって、それは「自分がお洒落だと思う格好」でした。私は、私がお洒落だと思う友人にコーディネートを手伝ってもらったスーツ姿で参加しました。普段スーツを着ない私と、私のスーツ姿を見たことがない人たちの間に軽い驚きも生まれて楽しませていただきました。

どうしよう、とパーティーの日時を知らされたときから悩み始めました。しかも今回はドレスコードがないにもかかわらず。「自分の好きな格好で来てください」とのことです。普通に小ぎれいな格好で行けばいいかしら、と思いました。じっさいに職場のオーラちゃんにもそう言われました。「だって、女装やコスプレをしてくれと、誰かに求められているわけじゃないんでしょう」

その通りです。しかし、それだけではもったいない、と思いました。
普段スーツを着ることがないように、普段パーティーに参加することのない私です。せっかくだから楽しみたい。一芸をするわけではなく、ただ参加するだけだと、何を着るかしか遊べないわけです。

けれど何も思い浮かばないまま日々は過ぎていきました。女装やコスプレはもともと頭にありません。それは、ああやっちゃった、という空気を生むような気がして、そうじゃない外し方はないものかと、ちょうどビデオ屋で買い取ったフランスのゲイ雑誌をパラパラ見ていて、細い白人の男の子が、黒い細身のスーツを着て、足元にヒールの高い黒いサンダルを履いている姿を発見しました。髪型は後ろを刈り上げて金色の前髪を長く斜めに垂らしています。その黒いアイラインを見ながらこれくらいのメイクはしてもいいかも、と思い始めました。アイメイクと足元だけの少し女装、難しいバランスです。念頭に置いて日々を過ごしていくうちに、無理なんじゃないか、と自信をなくしていきました。第一白人じゃないし、下腹出ているし、モデルじゃないし、こんなにモードになれるわけないじゃない。

ちょうどその頃、二丁目で、黒いアイメイクをしている男子を見かけたせいかもしれません。浅野温子が男装した時みたいに(『家政婦は見た!』)、長い黒髪をポニーテールのようにひっつめてスーツを着ていますが、肉付きが普通で男の骨格なので、全体的に暑苦しくなっています。しゅっとしていないというか・・、私もこうなるわ・・と思ったのです(すみません、どこのどなたか。悪気はありませんが目が厳しくなっていました)。

自信を失いかけると面倒くさくなってしまうようで、たまに、ロココ時代のお姫様のようなフル女装でビデオを買いに来られる、あのプロの方にご教授願おうかしらと、もはや本末転倒です。

そうこうしているうちにあとひと月と時間が迫って来ました。とりあえず動くより他ありません。いろんな店を見てまわるうちに、なにかに出会うかもしれません。新宿から原宿に辿り着いた時、ずいぶん前に入ったことのある路面店に気がつきました。何か面白い服があったような・・。そこで私は、あるデザイナーの服に出会いました。日本人男性のつくっている服ですが、黒いワンピースのようで、大きく斜めにドレープが入り、パッと見、どうなっているのかわからないくらいの襞のあつらえです。生地は薄手のコットンです。けれどワンピースではなくて長めのタンクトップだそうです。これ一枚だと膝小僧が見えてしまいます。下は同じブランドのサルエルパンツを薦められました。足を閉じるとスカートみたいです。

鏡で全身をチェックして、これかも、と思い、少々高額の値段に目を瞑って、えいっ、と購入しました。それにしても、店員のお兄さんは「これ、面白いデザインですよねー」しか言っていませんでした。

あとは髪型と足元を決めるだけです。髪型はフランスのゲイ雑誌に戻りました。後ろを刈り上げて前髪を斜めに垂らすことに。メイクはしません。

足元には持っているヒールのサンダルを履いてみました。ついでにH&Mで買った銀色の輪っかを手首にはめて首にもはめてみると、クレオパトラの壁画みたいになりました。これは目指している姿ではありません。
服そのものがすでにユニセックスなので、もうそれ以上女装を持ち込まなくてもいいみたいです。翌週、黒い網目のスリップオンを購入して、美容室にも行って、準備が整いました。

容姿が決まったものの、それからの私はモチベーションをどう保つかに必死でした。初めてする格好です。人々の視線が気になります。といっても百人いて私を知っている人は僅かですが、それでも外しすぎて失笑を買わないか不安でした。当日、意を決して乗り込んだ私に、研ナオコみたい、が三人、明菜みたい、が二人(嬉しい)、テルマエロマエが数人、といった評価に落ち着きました。ほぼ女装と捉えられましたが、突飛だけれど似合っている、との総合評価に胸をなでおろしました。打ち上げの席で、主催者のマスターが、「似合っているというか、ほんと自然に見える」と褒めてくださって、やり遂げた気分になりました(あとで自分の写真を見たら、ちょっと気持ち悪い、と思ってしまいましたが)。

女装を外す(崩す?)、って難しかったわ、とようやくやりたかったことがわかった後日、ビデオ屋に小さい裸の大将みたいな人が入って来ました。ファッションではない坊主頭に白いタンクトップ、視線を落として目を瞠りました。チュチュのように広がった水玉のミニスカートを履いています。足元は下駄ではありませんがビーサンです。全体像に戻ると、小さい芦屋雁之助が、なぜかスカートだけ履いている状態です。ヒゲもあって脛毛もあってアクセサリーもありません。もちろんノーメイクです。

暑かったのかしら、スカートちゃん・・。思わずそう、名付けてしまいました。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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