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「交換できない」

茶屋ひろし2013.03.22

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「昨日これ買って帰ったら、ヨメが同じの買ってたんやんかー、レシートないし返金してくれまで言わへんけど、なにか別のものと交換してくれへん?」
店に入ってくるなりそう言ってきたのは、少し肥えた中年男性でした。手にした本には当店オリジナルのブックカバーがかけられています。
それをチラ見した私はほとんど何も考えずに、「どうぞー」と快諾していました。
渡された本は、私が入社して以来、三ヶ月ものあいだ平積みにされているベストセラーです。代わりの本を探しに行った彼を見送っていると、一緒にレジに入っていたスタッフの男の子が、「レシートがないと、交換出来ないはずですよ」と耳打ちしてきます。
「あ、そうなんだ。でも、もう、どうぞ、って言っちゃった」と彼にも軽く返答してしまいます。そんな私に、「まあ、僕は責任を取る立場にありませんから、これ以上は言えませんけれど、なんかやばい展開になりそうな気がする・・」と不穏な予言をして遠ざかっていきます。
そうなの? じゃあ、私が最期を看取ります、という気持ちで、男性が代わりの本を持って来るのを待ちました。十分過ぎて、二十分過ぎて・・、遅いわね、ちゃっちゃと選びなさいよ、と心の中で毒づき出した頃に、ようやく交換したい本を持ってこられました。
「はい、では差額が発生しますので、その分だけ頂きますね」と電卓を叩き始めたときに、新入りの私を指導してくれている社員さんがやって来ました。
「どうかしましたか」と訊ねてくる彼に、説明はあとでします、という意味の会釈をして、お客さんに差額の提示をしていると、遠ざかっていたはずのスタッフの男の子が私の後ろをすりぬけて、彼に事の経過を説明し始めました。
「茶屋さん、それはちょっと」と言われたかどうかは覚えていませんが、レシートがないと交換できません、という展開になってしまいました。
あと、ちょっとだったのに・・、と一連の流れにストップがかかったことを悔やみました。
「なんや、それ」と不快感をあらわにしたのは、当の中年男性です。
「交換してくれる、言うから代わりの本を選んできたんやんか。アカンならアカンて最初から言えや。そんなん、俺は納得せーへんで。それやったら、選んでいた時間を返してくれや」
そうして、社員さん(って、私も社員ですが)とお客さんの一騎打ちになだれ込みました。「そう言われましても、駄目なものは駄目なんです」と店側も引きません。
「すみません。私が勝手な判断をしたばっかりに・・」とあいだに入ろうとすれば、社員さんからは手で制されて、お客さんからは「あんたは悪くない」と太鼓判を押されてしまいます。スタッフの男の子には、私の対応が元凶だと見えていることでしょう。
押し問答が十分ほど続いた後、「手前じゃわからん、責任者を出せ」という運びになり、もう帰社した社長(私の父です)には電話がつながらず、次につながった店長は、「交換してさしあげるしかないんじゃないの」という結論を出して、社員さんは不服のまま、騒動は決着を迎えました。
すみません、と社員の彼に改めて謝って、「大丈夫です。断りながら、俺は間違っていない、と自分に言い聞かせていましたから」と言うその笑顔を見たとき、謝罪の気持ちとは裏腹に、ああ、だから戦争は起こるのか、と膝を打っていました。
いま登場した人たちは、いいかげんな私を含めて、それぞれがまったく自分のやり方を変えようとしませんでした。
私は私で、それくらいいいんじゃないの? と思っていて、私に注意を促したスタッフは、それはおかしい、と思っていて、お客は、交換してもらえると疑わなくて、社員の彼は、レシートがないと交換しない、ということを徹底しました。
どうしたって諍いが起こるような構成になっていたように思います。
ちなみに、ヨメも買っていたという本は『スタンフォードの自分を変える教室』で、交換に選ばれた本は『不連続の日本経済』というタイトルでした。
翌日の店長を交えた会議で、レシートがないと交換不可ということを徹底しよう、という結論に落ち着きましたが、その日にまた別のお客が、「昨日これを買って帰ったら、ヨメが同じものを買っていて・・」とやって来ました。今度は、レシート持参です。というか、みなさんの共通点は「ヨメ」ですか。昨日の今日のことなので、対応をまた別のベテランスタッフにまかせて身を引きます。
「同じものを買われていた場合はですね、お買い上げになられたときのレシートとお買い上げになられた商品、さらにご自宅にございました同じものの、三点をお持ちでないと交換いたしかねます」
と、その彼はスラスラと対応しました。なるほど、さらに証拠品が必要というわけです。
ここまで徹底するのは、よそで万引きしてきた本を持ってきて返金してくれという人や、もう読んだからいらない、という理由で交換を求めてくるような人が世の中にはいるからです。
他の若いスタッフたちは、「そもそも自分が間違えておいて、交換してくれると思うほうがおかしい。あきらめるだろう、普通」と辛らつです。
一律にやり方を整えるのは、「こないだのあの人は交換してくれたのに」という抗議を減らすためでもあります。これは二丁目のビデオ屋でも、同僚からよく注意を受けていました。私が相手によってあまりにもケースバイケースをしすぎるからです。
そうね、一緒に働いている人たちのことも考えないと・・などと戒めていると、そんな私を試すかのように、「交換してくれおじさん」が、また新たに現れました。五歳くらいの娘の手を引いて、ここで買ったらしい資格試験の本とレシートを見せます。同じ資格でも級を間違えたということで、あったら交換してもいいかな、と棚をあたりましたが、彼が望む級の本は置いていませんでした。
申し訳ございません、と頭を下げると、「取り寄せてくれや、それくらいできるやろ」と言われました。
交換は諦めてもう一冊買う、という意味ではもちろんありません。
なぜ、そこまで。しかも上から。と、カチンときてさらに断ってしまいました。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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