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「ブラックか頓智か」

茶屋ひろし2013.05.07

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煙草を止めて半年が過ぎました。起きているあいだは吸いたいと思わないのですが、ときどき夢の中で吸ってしまいます。しかも、「コレを吸ってしまったらまた始まるよ」というような罪悪感を伴う心地です。深々とその一本を吸い込んだあとに、ああ、と落ち込んで、目が覚めると、夢だったと胸をなでおろします。
おかしいな、とそのカラクリを考えてしまいます。18年間吸っていた癖のようなものが体に残っているのでしょうか。このままだと、実際にまた吸ってしまうかもしれないと、心もとなくなったので、「禁煙セラピー」(アレン・カー kkベストセラーズ 1996)という本を買いました。実用書の棚を整理しているときに気になっていたタイトルです。いま奥付を見たら2012年に224版という数字が・・、売れてるんだか書き直しすぎたのか、よくわかりません。「読むだけで絶対やめられる」そうです。今田耕司が帯で笑っています。禁煙治療を始めた時に笑っていた病院のポスターは館ひろしでした。
また吸ってしまうかもしれない不安をなくすために、この本に洗脳してもらおう、と思いました。
タバコはおいしくありません。ただの毒です、まずいです。タバコでリラックスしているというのは幻想です。ニコチンが切れたところを補充しているだけです。タバコを吸っていない人はタバコがなくてもリラックスすることができています。タバコはたのしくありません。みじめです。お金をかけて毒を取り入れているだけです。
読み始めたそばから何度も繰り返して、こういうことが書かれています。
時々、「喫煙の利点などひとつもない!」と断言されて、ハハーお代官様―、とひれふしたくなります。当たり前のように思っていたことが覆されるのは久しぶりだな、と思いました。安易ですが。
この本でも触れられていますが、タバコを吸うことが大人になった証とか、「いい女」はタバコを吹かす、などといったイメージが喫煙行為を推進していることは、わが身を振り返ってみてもその通りだと思います。というか、最初の動機はそれしかなかったような気がします。でもどうやらそれは、多くの人たちの間で共有されていないと生きない幻想でした。十年ほど前の映画やドラマを見返すと、タバコのシーンがやたらとあって驚きます。当時は驚きませんでした。そういうことだったのだと思います。
最近では駅のホームのはじっこでタバコを吹かしている人を見ると、何をしているんだろう、と不思議な気持ちになります。あの人たち・・紙を指の間にはさんで・・、とそれを同じく禁煙した友人に話したら、「そこまで思わんでも・・」と笑われました。
始まりは、ポイ捨てが多いからやめようとか、病院で喫煙はおかしいとか、吸っていない人まで吸ったことになる副流煙問題とか、嫌煙権とか、禁止や否定や嫌悪から火がついた現象だったように思いますが、もうすでにそこも通り過ぎて、ただの病気になって、そもそもなんで吸っていたんだっけ、吸わなくてもぜんぜん支障ないし、とポカンとしているような状況があちこちで生まれているのではないでしょうか。
私はまだ、そんな時代もあったねと、なつかしさに浸るだけの状況にはなれなくて洗脳を必要としましたが、原発も早くそういう状況になればいいな、と思います。あれも言うかこれも言おうか、と改版を重ねる「禁原発セラピー」という本が必要なのかもしれません。
ところで私のシフトには、実働8時間と12時間の日があります。入った当初はこれに10時間の日もあって、ちょっと働きすぎじゃない? と家で社長(父)に文句ばかり言っていました。通勤に1時間かかるし、0時前に帰ってきて6時半に起床という日もあって、どれだけ拘束するつもり? と怒るのですが父はポカンとしています。
何をそんなに怒っているのだ、そうか、やる気がないからか、これまでだらけた生活をしていたから体がついていかんのだろう若いくせに、と納得の仕方が、私の納得のいかない感じです。
やる気や若さの問題じゃなーい、社会が決めた法律の話です! ムキー、と怒るのですが、そうするとますます思いが届かない方向に行くので不思議です。
50年以上休まないで、がむしゃらに働いてきた人だから、気合と体力で乗り切ってきた人だから、起きている間はほとんど会社のことを考えている人だから、仕事の話を「時間」でくくられてもわからないのかもしれません。
けれど、毎日しんどいねむたいとぼやきながら仕事に行く息子の姿を見続けたせいか、あるとき店長がしてくれた、「10時間の日は意味がなくないですか」との提案はすんなりとのんでくれました。
あとは開店から閉店まで働く、12時間の日をなんとかするだけです。
崩せないのは、精算の時に社員が一人立ち会うべきだ、という点でした。二つのフロアーを、私を含めて三人の社員でまわしています。誰かの休みの日は一人が12時間になります。社員をもうひとり増やす案は、「お金がない!」と却下されました。
精算はアルバイトの人たちにまかせたらどうでしょう、と会議で提案してみると、「それはできない」とすべての人に反対されました。お金の管理をするのは社員に限るそうです。
じゃあ、遅番の日は昼から出勤にしませんか、と言うと店長が、「私は、朝来ないのなら書店員としての資格はない、と思っています」と断言します。その日来た荷物を空けて棚に入れる作業はとても重要で、しかもそれは午前中に(できれば開店前に)終えなければいけないからだそうです。
開店時にも閉店時にもいなくてはいけない、けれど実働8時間を目指す・・、頓智か、と思いました。それでは飲食店のように午後は店を閉めますか、ランチとディナーだけで。けれどその間は会社の近くにいなくちゃいけないし・・、と知恵の輪の苦手な私はすぐに行き詰ってしまいました。
ここはブラック企業なのかなー、と思いながら、たくさんの当たり前がからみあっているだけなのかも、とも思います。パートやアルバイトという雇用形態や、社員だから責任を負うという考え方など、これまで疑わなかった働き方に糸をほどくヒントが隠れているような気はします。お金がないから、だけではなさそうです。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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