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「たーちゃんの対価」

茶屋ひろし2015.06.16

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ウチの会社は、書店と出版のほかに自費出版もやっています。そのお客さんを応対する小部屋が書店の向かいにあります。
間接照明で雰囲気を出して、三畳ほどのスペースに、応接用の低いガラステーブルと椅子を置いています。部屋はビルの階段の下にあるため、奥は天井が斜めになっています。そこに机を二つ入れ込んで、自費出版のスタッフと書店の店長(私)が使っています。
私の机はディスプレイ用の棚が遮っていてお客さんから見えません。
書店に出ていることが多いのでなかなか座れない机ですが、時々座って伝票の整理をしているとお客さんがやってきて、スタッフの女性(Kさんとします)が応対している様子が聞こえてきます
「自費出版」の文字が付いたガラスの引き戸を開けて入ってくる人のほとんどはそのことについて興味や関心があってのことですが、中には誰かと話したかっただけという人もいます。
ある日、ダミ声のおっさんがやってきました。
「小説書いてるねん。本にしたらなんぼになる?」
扉を開けたとたん挨拶もなく大きな声です。
机に座っていたkさんは、いらっしゃいませ、と立ち上がり、「そうですねー、どんな装丁で出すかにもよりますが・・」と答えると、「そんなことはわかってるねん」とおっさんは、どかっと応接の椅子に腰をおろしました。
「今、書いたやつが七本あるねん。やっぱ小説がいちばんええわ。ほんまのことなんか書かれへんやろ。そんなん書いてみぃ命なんぼあっても足らんで」
そやろ? と声の大きさは変わりません。
「え、七本も書いたんですか、すごいですね」とkさんはすぐさま、伝家の宝刀すごいですねを抜きました。もう使った! というより、使わざるを得ない感じです。ポットからお茶を淹れています。
「なんもすごいことあるかいな、しょっちゅう祇園で呑んでるんやもん、話のネタなんて腐るほどあるわ」
おや、と流して聞いていた私はおっさんの姿を見たくなりました。何かを取るふりをして首を伸ばすと、座っている姿が目に入りました。羽振りが良さそうではありません。最近は、だいたい見かけで判断します。
勢いは止まることなく、自分がいかにすごいかアピールが続きます。
昔は「NTTの宣伝部長」で、今は「古美術商」だそうです。
金はうなるほどあって、今はよく祇園で遊んでいること、昔は銀座の常連(なんだそれ)だったこと、セスナの免許を持っていてそれでラスベガスにもよく遊びに行ったこと(海に落ちるわ)、若いときは高倉健に可愛がってもらって、梅宮辰夫とはたっちゃん、たーちゃんと呼び合う仲で、自分は田中だからたーちゃんで(田中でたーちゃんって初めて聞いた)、「言うの忘れとったけど昔はサンミュージックから歌手デビューしたこともあるんや、おぅジュリーの同期やで」といった話を散らかしていきます。
kさんは、「芸能人とお友達どころじゃなくて、芸能人だったんですか!」と素かわざとか、よくわからない返しをしています。
無意識のうちにリアルなこともしゃべっていて、そこだけ抽出すると、「警備会社のほうから今日は仕事ないから来なくていいといわれた」「フィリピンパブに行きたい」の二本でした。NTTも入れてあげていいかもしれません。
「ほら」の部分は、フィリピンパブで酔って話している内容でしょう。何度も同じ話をしていると思われます。
きりがないので、私は下の事務所に行って、別のスタッフの人に定期的に内線をしてもらうようにお願いしました。kさんがそれに出れば、次のお客さんが来たとか、別の仕事が入ったかのように使えるからです。
小部屋に戻って様子をうかがっていると、kさんは内線に出ても、大丈夫です、を繰り返してなかなかおっさんとの話を切り上げようとしません。
楽しんでいるわけがないことはわかるのですが、それにしてもなぜ。
おっさんの気に当てられているのかもしれません。酒をひっかけてきた臭いとくだらない「ほら話」を聞いているだけで、私も気分が悪くなっていました。もう一時間近くなります。
あとで確かめたら、「ああいう人って、ヘタに怒らせたら怖いし大変だから」と言っていました。うーん、そうかも。
と、おっさんの携帯が鳴りました。出ました。大きな声で通話が始まります。どうやらそのパブのママからのようです。他の客の未払いをいっしょに請求してほしい、という内容です。だってオレから言ってやるっていってくれたでしょう、とママの台詞が聞こえてくるようです。kさんは机に戻ってきました。
そのうち、誰それはおっぱいが大きいだのやっぱり形だとか、ここでそんな話をするな、という内容になってきたので、私はおっさんに見えるようにkさんに、もう帰ってもらったらどうですか、とあからさまな小声で進言しました。
するとほどなくおっさんは電話をやめて急に、「それでなんぼになるんやったっけ」と自費出版の話に戻しました。kさんが値段設定の話をして、出来上がっている原稿があれば持って来てください、とつなげると、「いや、まだ書いてへんねん。頭の中では完成してるんやけどな。素人が書けるもんちゃうで、そうやろ? 代筆頼んだら幾らになる? 金ならあるねん、ゆうてるやん」
だったらこの1時間に対して3万くらい払っていけ、と思いました。案の定、いっぺん通りの説明を聞いた田中は、「ほな、考えとくわ!」と言って出て行きました。kさんは、塩もってこい、とつぶやきました。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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