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火野正平と聖人

田房永子2015.08.24

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何気なくテレビを見ていたら、笑福亭鶴瓶の対談番組「巷の噺」がやっていた。ゲストは火野正平。その時まで、女と次から次へと付き合う男を「平成の火野正平」と揶揄するフレーズでしか知らなかった。だけどこの番組を見て衝撃を受けた。
 「巷の噺」は、一般人の街頭インタビューVTRを見た鶴瓶とゲストがただ思い浮かんだことを適当に喋る、という本当に気の抜けた番組だ(なんだか分かんないけどそれが面白い)。
 VTRに、道ばたでスタッフが適当に声をかけた女性3人組が出てきた。3人は同級生で54歳。ひとりはスマートな美人、ひとりはメガネをかけた「男に縁が無い」という人、ひとりは雪だるま体型のパサパサ茶髪の人だった。
 VTRが終わって鶴瓶が「正平さんはこの3人だと、どの人がいいの」みたいなくだらない質問をした。火野正平は渋いしゃがれた声で、雪だるま体型の人を選んだのだった。会場のスタッフがドッと笑う。つまり一般的にはそのチョイスは「無い」ということである。しかし火野正平は「VTRを見ていて、この人(雪だるま体型の人)は絶対にいいところがあると思った」と淡々と言う。その言い方には妙に信憑性があり、フザけて茶化しているようには見えなかった。
 その時点で私は一気にグワーーーーっ!と心臓を掴まれてしまった。さらにその後。
鶴瓶「そんなこと言われて、喜んではりますよ、あの54歳の人。痩せはるかも分からへんわ」
火野正平「いや 痩せんでええ。あのまんまでええ」
鶴瓶「あのままでいい? へえ~、どうしますのん?」
火野正平「汗いっぱいかかすねん」
(会場笑い)
火野正平「その汗ですべるの俺が」
 優しい顔で、渋い声で言ってて、私は本当に驚いた。な、な、なんつーーーことを言うんだ!! こういうことを、気持ち悪くない感じで言える人がいるんだ・・・。それ以上に、こんな66歳のじいさんにキュンキュンきてる自分に驚いた!
 この日の火野正平は巨大ペイズリー柄のバンダナで頭をすっぽり覆い、虎みたいな龍みたいな狐みたいな花みたいな、なんだかよく分からない切り絵的な模様が大きく入っている謎の薄手のバスローブのようなものを着ていた。マジで一体どういうファッションなのか不明、オリジナルすぎる風貌。いくら若いイケメンだとしても、合コンでこんな服装の男が飲み屋の個室に入ってきたら「うんわ~~・・・」って感じである。しかし初めて火野正平が喋っているのを見て、たった10分程度で、その奇怪な服装すらも「有り」に見えてきた。

 そのあと、鶴瓶が「最近のAVって可愛い人がたくさん出てる」という話を始めると(ほんとにくだらない話しかしない番組なんだけど)、「娘が出てたらどうしようと思う」と火野正平が言う。すると鶴瓶が「そんなこと言ったら娘に失礼やろ!」と大きい声で叱るという場面があった。それに対して火野正平は「そんなこと言ったらAV出てる人に失礼やろ。あの人たちも職業やねんから」と真顔で言う。鶴瓶は慌てて「そうやけど、でも娘が出てたらどうなんですか」と聞くと、火野正平は「勉強していったらええ(AVに出ることでいろいろなことを学んだらいい、という意味)」と答えた。
 その後の会話でも「性に開放的な女性よりも、清潔感のある人がいいでしょ正平さんだって。よっしゃ来い! みたいな女性はいやでしょ」と力説する鶴瓶に対し「俺は構わへんけどなぁ・・・」とつぶやく火野正平。火野正平の発言にいちいち癒やされる自分を全身で感じた。
 鶴瓶は「俺の思う、女」しか認めない感じ。それは日本の男性のフツーの感覚だ。火野正平はフツーの男からすると変わり者なんだろう。フツーの感覚は、それはそれで別にいいんだけど、火野正平の、女のありのままを肯定し受け入れるどでかいEARTHな感じを目の当たりにすると、「鶴瓶ってガキだなー!」と思ってしまう。

 その日から火野正平を思うと優しい気持ちになるようになった。一体これはなんだろう? 壇蜜の「フィーリングが合えばどんな殿方であろうとセックスする可能性がありますキャラ」の部分に癒やされるモテないおじさんと全く同じではないんだろうか。
 火野正平は歌手でもあるらしく、CDアルバムを出していた。そのタイトルが「ウーマン達への子守唄」。ウ、ウーマン達への・・・? 子守唄・・・?? すごすぎるタイトル。超癒やされそう。ネットショッピングでカートに入れて買おうとしたが、レアものらしく1万円もするので泣く泣く買うのを断念した。

 私の体は自然と火野正平の情報を集め始めていた。火野正平は「にっぽん縦断こころ旅」という自転車で旅する番組をやっている。それを見てみると、その番組のファンだというグラビアアイドルの吉木りさと40代の小説家の女性(柴崎友香さん)が出てきて、火野正平の魅力について語っていた。それ聞いて、また震えた。特に柴崎さんの話には、同じ男に同じように魅力を感じている同年代の女性がいる、という感動で目頭が熱くなった。
 私は昔から、どんなアイドルにもハマれなかった。チェッカーズも光GENJIもSMAPも嵐もピンとこない。東方神起ですらハマれなかった。私はさみしかった。女の人たちと同じものを熱狂したいのに、どうしても心底から熱が湧いて来ない。いつも置いてきぼりだった。だけど分かる、火野正平の魅力ならば。

 火野正平の自転車旅番組は老若男女に大人気らしい。しかし世の中には火野正平にアレルギーがある人もいるらしく、「そういう人以外は楽しめる番組だと思います」とネットのレビューに書いてあった。その旅番組を見てみると、火野正平が旅の途中で出会ういろんな女性に話しかけるシーンが出てきた。飲食店のおかみ(太ったオバチャン)に「食事と、お風呂も入るね。一緒に入ろう」と冗談を言う火野正平。キレイな若い女の子にはやたら話かける火野正平。その横でポツンとしてるおばあちゃんにも近づいていって「あなたもキレイだよ」と肩を抱いたりする火野正平。そんな数々の火野正平を見ていた私の目からは、涙があふれていた。
 私も火野正平なら一緒にお風呂入れるなあと思うし、火野正平の前なら堂々と全裸になれるだろうなあと思う。一緒に風呂に入ったらセックスなどなくても楽しいだろうし、むしろ自分が入らなくても、火野正平とお風呂に入った女の人の話を聞くだけで癒やされると思う。聞きたい。火野正平と一夜を共にした女たちのインタビュー本があったら絶対読みたい。そんな風に思っていると、なぜか「ありがたい」という気持ちがあふれ出し、また涙が出てくるのだった。
 私は火野正平が映る画面を見ていられず、台所に走り、一人むせび泣いた。一体私はどうしたんだ? 少し考えて、それが嬉し泣きだと分かった。その嬉しさを言葉にすると、「おばあちゃんになって、誰からも無視されたとしても、火野正平が抱いてくれるから大丈夫だ、ああ、ありがたい」というものだった。その言葉を唱えると安心感が体の中から湧いてきて、その念が熱を持って、私の目から涙をあふれ出させる。
 私は火野正平に抱かれたいのか? 夫以外の男にそんなに大切にされたい、女に見られたいと思っているのだろうか? そんな欲望は自分の中に感じない。何が何だか分からないが、火野正平を思い浮かべると安心感が湧いてくる。その感覚に浸ってみることにした。すると、少し前にも同じ感覚を感じたことを思い出した。

 去年、このコラムで「豊満な熟女に抱かれたい」という文を書いた。当時2歳半の子どもの育児で疲れていた私は、「小さい子を抱っこするというのは、胎児がお腹の中にいるのと同じというかそれ以上に、実は“養分”が心身から吸い取られている」ような気がしていた。実際にそうだと思う。私も誰か大きな存在から養分を得たい。そのために大きな熟女に抱っこされたいと思っている、という話を書いた。
 それを読んだ仲の良い友人が「そういうイベントが実際にある」と教えてくれた。アンマというインドの聖人女性が、世界中の人を抱擁する慈善活動を行っていて、5月に来日するのでそのイベントに行けば、無料で抱擁してもらえるという。私は朝6時に家を出て、アンマの抱擁の列に並んだ。
 天王洲のほうのホールのようなところで行われていて、その入り口に貼ってあるポスターには、インド人女性(アンマ)の顔写真の横に大きな明朝体で「真の愛に満たされるとき」と書いてある。もし私が隣のオフィスビルに通勤しているビジネスマンだったら、そのポスターを見て「うっわ、超怪しいのやってんな」「うっさんくさ。なんの宗教だ?」と思うか、若しくはまったく目に入らないと思う。

 かなり早くから並んだので、私の順番は20番目くらいだった。舞台の上にはアンマがいて、その周りをお付きの外国人やボランティアの日本人スタッフが15人ほど取り囲んでいる。一番最初の人の抱擁が始まった。ちょっとしたハグなのかと思っていたら、抱擁を受ける人はアンマの胸元に顔をうずめ、アンマはぎゅーっと抱きしめている。その時間が結構長い。パンフレットを見ると、「アンマの抱擁を受ける際には、体重をご自分の体でしっかり支え、アンマに体重をかけないようにご配慮ください」と書いてある。アンマは無条件で誰でも抱擁を受け付けるので、24時間飲まず食わずで抱擁し続けることもあるという。

 いろんな人がアンマに抱擁される様子を見ていると、アンマの背後にいるお付きのインド人僧侶の男性が携帯電話で話し始めたり、アンマも抱擁しながらその男性と喋ったりすることがあった。アンマって一体なんなんだ? アンマはどういうホテルに泊まってるのかな、とか、どこからどのくらいお金をもらえっているのかな、とか、やっぱりなんか怪しいよなあ、うさんくさいよなあとか、アンマはイライラしたり怒ったりすることもあるのだろうか、とか、どんな食べ物が好きなのかな、ケンタッキーとか好きだったらなんかちょっとイメージ違うけど食べるのかな、とか、ボーッと見ながらいろいろ考えた。でもアンマがどういう人なのかというのが、ぜんぜん分からない。

 そして私の番がやってくると、その瞬間、アンマの両脇にいる白人女性二人に腕を引かれて、私の体は“勝手に”アンマのふところに“放り投げられた”。白い布を身にまとったアンマの胸元に自分の頭がうずまると、それだけでもう私は「おうぅっおうっ!」と嗚咽した。ものすごく広い、アンマの胸元、そして深い、アンマのお肉の厚み。広い広い大地、空、荒野、地球を漂うような圧倒的な爽快感と、いきなりそんな状況になっているワケのわからなさ。アンマはぎゅーっと私の頭を抱え耳元に口を近づけてぶしゅぶしゅぶしゅ・・・とインドの言葉で何か言っている。さっきパンフレットで見た。
「アンマはいろいろな国の言葉で『愛しい娘』と耳元で言うことがあります」
 私は感動と何がなんだかわからないパニックで「うあああ、うあああ」とアンマの肩のあたりに顔をうずめたまま泣きまくった。アンマはイスに座っていて、こっちは立て膝の状態で抱擁してもらうのだが、私はどうしてもアンマのほうに重心がかかり、足先が浮いてしまう。すると、お付きの白人女性が私の足をグイッグイッと床に押さえつけるのである。何か大きな力に引っ張られてアンマのふところに吸い込まれそうになるのだけど、それを阻止しようと白人女性は私の体を押さえている。

 長い抱擁が終わり、涙でぐしゃぐしゃの顔で立ち上がり、フラフラしながら思った。
 出産にソックリだ・・・。
 出産する時、私の体の状態を私以上に知っている人たちに囲まれ、その人たちに勝手に体を触られたり動かされたりして、ワケも分からず何かが進んでいった。強制的、ではあるのだが、全ては私のためのこと、という非日常。それは小さい頃、病院で診察を受ける時に押さえつけられたあの感じにも似ていた。そして、この世に出てきた瞬間の赤ちゃんも、広い大地の重力と淡々としている大人達の介抱と、突然その世界に降り立った恐怖でああやって泣くんじゃないだろうか。アンマの抱擁はもちろん、その周りの人たちの、アンマを守る行動(守ることでみんなが安全に抱擁を受けられる)、それ自体が、大きなものに包まれる体験なのだった。

 抱擁だけなら、こんな朝早くから3時間も並ばなくても、そのへんのふくよかなおばさんに抱っこしてもらえればいいんじゃないか? と思っていた。だけどそういうことじゃない。アンマが歩くだけでみんなが泣くような熱狂ムード、アンマの取り巻きの怪しい感じ、異様なほどアンマを尊敬し感謝する人たち、そういう人たちの中での権威があるアンマに抱擁されてこそ、意味がある。アンマ以外の人にも守られる、小さい頃の、自分以外の人間たちによって自分の命が勝手に守られるという感覚、それは、一見して「うさんくさい」という世界の中でしか、大人は体験することはできないんだなと思った。「うさんくさいもの」って、すごく必要な存在なんだ、と初めて思ったのだった。

 アンマは、どんな人でも抱擁する。誘ってくれた友人が言った。「初めて来た時は、アンマは私の大嫌いな人も抱擁するんだ、と思うと複雑な気持ちになった」
 だけど、アンマが無条件で分け隔て無く誰でも抱擁する、ということは、自分も絶対に、抱擁してもらえるってことなんだよね、と友人は言った。
 「この地球で生きていていいんだよ」という根源的な安心は、普段の日常の中では意外と感じる機会がなかったりする。だけどアンマみたいな、誰でも分け隔て無く抱っこしてくれる人、そういう人がいるという事実、その存在自体が、知らずの内に人々の中に安心感を生み出している。そんな気がした。

  火野正平は、私の中でアンマと同じジャンルの人なんだと分かった。火野正平がヤリチンキャラで私が女だからこんがらがってしまったが、私が火野正平に感じたものは性欲ではないことが分かり、しっくりきた。
 私は、育児の中で親としての一番の仕事は、子どもに「生きていていいんだよ」という念を送り続けることだけだと日々思っているんだけど、うまくできているかは分からない。だけど育児だけじゃなく、どんな仕事や人間関係でも、相手に「生きていていいんだよ」という念を伝えるというのは、重要なことなんじゃないかと思う。でも自分自身が自分のことをそう実感していないと、そんな接し方はできない。だから、アンマや火野正平のような人が必要だし、みんながものすごく惹かれるんだろうと思う。火野正平が一見うさんくさい、謎の服装をしているのは当然のことなのだと妙に納得した。
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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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