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「通じ合わない」

茶屋ひろし2016.03.01

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昔、飲みに行くたびに大量に話しかけてくる人がいて、ふんふんそうなんだ、と相槌を打ちながら、(まったく、何を言っているんだか、なんの話をしているのか、さっぱりわからないわ・・)という状況になることがありました。
少なくとも彼は、私が何か・・彼の見ている世界・・かしら、を理解していると思っていて、もっと言ってしまえば、私を信用して、話しかけ、話し続けているわけだし、その内容がわからなくても、その内容に不快を感じることがなければ、信用されているという感覚のみで、私もある程度の時間は聞き流しておけたのでした。
そうすると、ますます私は聞き役として重宝されてしまい、平行線がずっと続いているような状態が続きました。
それは東京にいた頃の話で、今はその人とも会わなくなってしまって、そういうこともなくなりました。

あの人はあんなに一所懸命なにを話していたのか、当然ですが、いまだにその中身だけ空白です。声や表情は思い出せます。
そのことを良いとも悪いとも考えていませんでしたが、通じ合えない関係にしては良いほうだったんじゃないか、と最近思うようになりました。

年末に、職場の書店で、万引きした人をつかまえました。75歳の男性でした。盗られたのは、官能小説の文庫です。
有名なところで、フランス書院、竹書房、二見書房、などが発行しているノンケの男性向けの文庫本です。毎月新刊が出ます。フランスは7点くらい出ます。
それと、「常備」といって、出版社が年間で組む、売れ筋定番セットを取って棚2本を使って展開しています。
彼は常習犯でした。河出書房の実録シリーズが好みのようで、1冊か2冊盗っていく現場を、2回ほど防犯カメラの録画で確認しました。
恰幅がよく、着ているスーツや持っている鞄もお金がかかってそうで、顔も松本清張ように厚めです。革の鞄を平台の本の上に置き、じっくり選んだあと、店の奥へ行き、周囲に人がいないことを確かめると、スリップと入り口でピーピーなるピンクスリップを抜いて手の中で丸めて、表紙を裏返して、上着のポケットか鞄に落とします。そして丸めたスリップを、棚に並んでいる本の裏に捨てて、しばらく人文、社会学関係の棚を冷やかして、店を出ていくのです。

堂々としてる! 金持ってそうやん! なにこいつ! あつかまし!

と映像を確認しながら場は騒然とします。
捨てられたスリップを拾いに行っては、やられた腹立たしさでまた握りつぶしそうになります。
一度は、じっさいに店内で見かけたにもかかわらず、それが盗る前なのか、盗ったあとなのか、判断がつかずに見送ってしまい、あとで録画を見て、やっぱり盗ってた・・! と悔しい思いもしました。
現場を押さえなければいけない足かせ、ってなに、もう現場を映像で見てるんだから、声かけてもよかったんじゃないか・・などと後悔しました。

ちなみにその時は跡を尾けました。するとすぐに近所のビルのトイレに入りました。車椅子の人が利用できる個室です。
しばらく近くで待ち伏せしましたが、待てど暮らせど出てきません。その間に店のスタッフには録画を巻き戻して確認してほしいと頼んでいました。
証拠画像がすぐあがれば、その場で逮捕できるかもしれません。
20分くらいたったでしょうか、しびれをきらしたのと、半ばあきらめかけて店に戻った瞬間、いま画像を発見した、という報告を受けました。
50メートルほど離れたトイレへダッシュします。
するとそこはもうもぬけの殻でした・・。

さすがにスタッフもみな顔を覚えて、次こそは・・と闘志を燃やしていると、翌月にまた姿を現しました。
その時は全体でフォーメーションが組めて、本を盗った瞬間を確認できました。
店の奥へスリップを捨てに行ったのを見計らって、警察に電話して、あえなく逮捕となりました。

よそで捕まったことがない初犯ということで、写真と指紋とDNA摂取で釈放するという流れになりました。ただ、身内に身柄を引き取りに来てもらうという話になったときに、彼は「友達じゃダメですか」と警官に尋ねました。奥さんと娘さんの3人で暮らしているそうです。
「あかん、それがお前への罰や!!」と20代の警官が怒鳴りました。なんのプレイ・・、と驚きましたが、それよりも彼の友達が気になりました。
二人の間では「エロ本の万引き」というトピックはどんな扱いになるのでしょうか。

女性客を増やしたい、とかねてから思っていた私は、その後、はっと気が付きました。狭い入り口付近には週刊誌を置いていて、立ち読みのおじさんたちがグラビアを広げておっぱいを眺めています。
入るわけないやん! と膝を打ちました。
1冊は見本用に出していて、みんな、指紋のところがヤスリになっているんじゃないかと思うくらい半日で表紙をボロボロにしていたフライデーもフラッシュもポストもぜんぶ、それからはビニールパックすることにしました。

通じ合えないから、というより、通じ合わない、という判断をしたような気がします。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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