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入退院を繰り返していたお嬢さんは、実は結婚式自体への参加も怪しかったのだけれど、本人が自宅のベッドから何度も「私は絶対にミナトちゃんの結婚式に出ますからね!」と宣言した通りちゃんと参列した。まぁ、酸素ボンベを後ろに積んだ車椅子に座った状態ではあったけれど。

そして、式場に新婦や新郎、その親族が集まるにつれ、式場のスタッフたちはこの結婚式を「愛し合う新郎新婦の結婚式」ではなく「重い病の母親が息子の今後を心配し、花嫁を迎えるに至った結婚式」として扱い始めた。そうすることで、今日が最も平和的な一日になるという総合的な判断が下ったようだった。

そういうわけで、誰よりも早く式場に入り、数時間後にピッカピカの花嫁として仕上げられた私は、新郎より先に新郎の母のところへ連れて行かれた。ヘアメイク担当の安藤さんはリハーサルの3倍は気合を入れて私の首から上に様々なテクニックを駆使し、鏡を見た私自身もたまげるほどの状態に仕上げていた。

頭に刺さった白い薔薇に触り、「リハーサルよりもゴージャスです!」と言うと、鏡越しの安藤さんが「当然じゃない! 今日が本番なのよ」と笑った。

ウェディングドレス姿の花嫁を見た新郎が、感極まって泣く。

ゼクシィではその瞬間を『ファーストルック』とか『ファーストミート』などと呼んでいて、それはそれは感動的な瞬間らしいのだけれど、実際にスタッフに連れられて控室に移動すると、そこにはお嬢さんと恵美子さんの後ろに山田仕郎がおり、山田仕郎がウンともスンとも言わないままお嬢さんが歓喜の悲鳴を上げて泣き出してしまった。

泣くと酸素の消費量が増えて良くない。お嬢さんは鼻に酸素チューブをつけての参列なのである。

支度の時からパシャパシャと写真を撮っていたカメラマンの男性が、『酸素チューブをつけて車椅子に座ったまま感動的に泣く義理の母に駆け寄るウェディングドレス姿の花嫁』の図を激写していた。周囲のスタッフさんが口々に「おめでとうございます」とお嬢さんと恵美子さんに向かって言っている。私がしゃがんでお嬢さんと目線を合わせ、「いただいたパールを着けましたよ」と胸元のネックレスを触ると、またパシャパシャとシャッターを切る音がした。

黒留袖の着付けが終わって部屋に入ってきた母が「あら、仕郎さん、眉毛書いてるのねぇ」等と呑気に言い、私はそこでようやく顔を上げて新郎の姿を見た。

新郎は無感動な様子でこちらを見ていたが、確かにいつもと顔の印象が違う。眉は生き生きとしていたが、眉から下は表情が死んでいる。何か、顔に少し塗られたようでもあるが、白を基調にした部屋の中が明るいのでそう見えるのかも知れない。顔面の筋肉がほとんど動かないので、新郎だけが蝋人形の館だった。

「愛し合う新郎新婦」という前提が消えてなくなると、誓いのキスの扱いも曖昧になる。

式を執り行う神父さんは日本人で、まぁ聞いた話によると外国人の神父さんでもほとんどの場合が日本語ペラペラだそうだが、ともかく、ちゃんと教会から来ていた。更に、色んなことに寛容だった。そしてとっても気さくだった。

「誓いのキス、どうするか決めた?」

結婚式で必ずやる、バージンロードを歩いたり誓いのキスをしたりする例の儀式の最終的なリハーサルは結婚式当日で、事前の打ち合わせの時に「誓いのキスをどこにするか」という割とどうでもいい質問でフリーズしてしまっていた山田仕郎は、当日だというのに再びフリーズしてしまった。

スタッフさんも私も慣れているので、硬直し黙り込む山田仕郎を見守るようにニコニコとしていたが、同じくリハーサルに参加してくれている立会役の友人は「えっ何ですかこの沈黙?」みたいな顔をしている。私の方の友人は、思いっきりこちらを見て「どうなってんの?」と今にも言い出しそうな表情だ。いやいや、こんな沈黙が、ごまんと起きるのである。

神父さんは私の方を見て「どうしようかねぇ」と笑った。

「私からキスしましょうか」

それは名案のような気がしたのだけれど、山田仕郎は顔をこわばらせて「いえ」と発したきりまた黙ってしまった。

スタッフさんが腕時計をチラッと見る。リハーサルは時間が決められていて、こんなことで全ての進行を止めている場合ではないのである。

神父さんはニコニコとしたまま、「まぁ、ヴェールを上げるのを忘れなければいいよ」と言い、「昔、緊張しすぎて『ヴェールを上げる』っていうことが頭からスポッと抜けちゃった新郎がいてねぇ、ヴェールの上からキスしようとしちゃったから、僕も慌てちゃってねぇ」と続けた。私とスタッフさんが笑い、友人もつられたように笑った。

山田仕郎は一緒に笑うことは無く、唇に軽く丸めた手をあてて考え込んでいた。

私も友人も、山田仕郎の方の立会人である友人も、自分たちの役割を理解していた。

私は「誓います」と言う、しゃがんで山田仕郎にヴェールを上げてもらう、誓ったものの、誓いのキスがどうなるかはわからない。その後手袋を外し、ブーケと共に友人に預け、指輪をお互いの指にはめ、結婚誓約書にサインする。我々がサインしたら、私はブーケと手袋を受け取ってはめなおし、立会人代表の友人ふたりもサインする。全部終わったら、ヴァージンロードを歩いて退場である。

絶対に医師国家試験の方が難しいと思うのだが、山田仕郎を見ていると、テストの方が簡単なのかも知れなかった。

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菊池ミナト(きくち・みなと)

主婦
リーマンショック前の好景気に乗って金融業界大手に滑り込んだアラサー。
営業中、顧客に日本刀(模造)で威嚇された過去を持つ。
中堅になったところで、会社に申し訳ないと思いつつ退社。(結婚に伴う)
現在は配偶者と共に暮らし三度三度のごはんを作る日々。
フクロウかミミズクが飼いたい。 

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