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タクシーの運転手と韓流ドラマを語り合う。好きなものを好きという自由

北原みのり2019.02.06

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 タクシーに乗って場所を告げると、
「つかぬことをお伺いしますが」
と運転手さんが話しかけてきた。
「そのあたりに美味しい味噌煮込みうどん、ありますよね」
「ああ、ありますね。美味しいですよ」
そう答えると彼は、自分は名古屋出身ではないが味噌煮込みうどんが何よりも大好物で、こんな寒い冬の夜は、家で味噌煮込みうどんを食べながら韓流ドラマを観るのが何よりも幸せなのだと、話はじめたのだった。


年の頃50代半ばだろうか。
この世代の男性が最も韓流嫌いを公言する傾向があるので、へぇ、と意外に思いながら
「どんなドラマを?」
と聞くと、朝鮮王朝ドラマが大好きなのだという。そこでいくつかドラマの名前を言うと、もう打てば響く知識量と、圧倒的な韓流愛で、私たちはずいぶん前からこんな風に大好きなドラマの話をずっと話続けてきたのではないかと思うほど、言葉が止まらなくなった。


なにより、私が韓流にはまるきっかけになった「チャングムの誓い」の名を出すと、彼は一拍置いて、重々しくこう言うのである。
「野いちご・・・。あの時、私の人生の半分の水分が放出されました」
説明するまでもないだろう! チャングムが亡くなっているお母さんの口に野いちごを入れて食べさせようとする名シーンだ! ああ・・・。しばし車内で私たちは黙り、幼いチャングムを思い出す。
外は雨が降っていて、窓には大きな雨の粒。街の景色が美しく歪んでいて、こんな日はチャングムを語るのにとても良い日・・・。
いったい、あのシーンで、どれだけの人々の人生が変わったことだろう!!!
少なくとも、私は変わった。韓国語を習おうとも思わなかっただろう。韓国にここまで行く人生にならなかっただろう。それまで「慰安婦」問題に関心は持っていても、韓国の文化を積極的に知ろうとしなかった私に、韓流ドラマは私の人生を豊に広げ、韓流に出会わなければ出会うはずもなかった多くの人たちと結びつけてくれたのだ。


もちろん、私たちは「米びつ事件」についても語り合った。韓流アルアルだ。
「残酷な話です・・・。しかしあれは周りの大臣も悪いですよ」
運転手さんは、噛みしめるように語る。生きたまま米びつの中に閉じ込められ死の迎えを待つ王子。その無念に思わず手を合わせたくなる。お互いの頭の中で完璧に再生される「米びつ」・・・その壮絶な悲劇・・・。しばしまた無言。
それにしても朝鮮王朝の歴代王の名を語り、王朝の役職の知識を持ち、米びつ事件をまるでそこに立ち会ったかのように語るような人生になるとは、「全く想像もできませんでしたよね・・・」と私たちはここでもまたしみじみ共感しあうのであった。


そしてこういう会話の流れで当然出てくるのは、「なぜ私たちは韓流にはまったか」という「最初の一歩」の話である。なぜ韓流にはまったのか。それは自身の人生と、回心の時間を語るような、ある種、宗教的な時間でもあるのだ。


彼は右寄りの家庭に育ったという。
2000年代はじめ、冬ソナが爆発的にヒットしはじめた頃、激しく苛立ったという。
「韓流ドラマ? はぁ?」と完全に見下し無視することで自分を保っていたが、ある日、腰を痛め寝たきりになってしまった。その時、親しい友人でもあるビデオレンタル店の店主が「こういう時は、これを観たらいい」と韓流ドラマを持ってきた。「韓流なんか持ってくるなよ」と抵抗を感じながら他に観るものもなくしぶしぶ見始めたら・・・一話でもう引き込まれた。「おばあちゃんの家」(2002年)。今まで味わったことのない胸の高鳴りと、一本を見おわったら次の扉を開かずにはいられない焦燥。乾きを潤すように、彼はそこから次々に様々なドラマを見始めたのだという。


彼は言う。
「ビデオ店の店主は、私が韓国を好きではないことを知ってたんですね。それで偏見から解放してくれようとしたんです。今は彼に心から感謝してますよ。韓流のない人生はない」


そろそろ目的地に着く頃。もう私たちはすっかり親友気分で、韓国語で、ありがとう、さようなら、また会いましょう! と別れたのだった。


降りてから。楽しい会話を反芻するように、ニマニマと口元をゆるめながら歩いていて、ふと、あれ? と立ち止まる。
あれ? いったい、なぜ、韓流の話になったんだっけ。私からは、していない。初対面の人に(特に男性には)韓流の話はしない。確かに、彼からだった。でも、あれ、なんだったっけ。あ、味噌煮込みうどんだ・・・。味噌煮込みうどんから、あの人、ものすごく自然な流れで韓流にもっていったな・・・。


あ、と思う。
もしかしたら彼は、今の世情を憂い、タクシーの空間の中で、さりげなく食べ物の話をしながら、韓流にもっていき、人々の偏見を解くようなそんなことをしているのかもしれない。自分の偏見をとかした文化の力を、韓流ドラマを通して伝えようとしているのかもしれない。
そんな想像も含めて、その瞬間、ちょっと世界が軽くなった。広くなった。


初対面の人に韓国の話をするのが、最近、少し怖くなっていた。
その人の醜い部分、暴力的な部分、無教養な部分、不愉快な部分。韓国の話をすると、それがリトマス試験紙のように浮かびあがってしまいそうで。ごく自然に、親しくない人と韓国の話はなるべく避けていた。
だからだと思う。初対面の人と、いきなり韓国文化の楽しい話ができたことに、自分でも意外なほど、喜びを感じている。そう降りてすぐに、こんな風に、ラブピースクラブのコラムに書こう! と思うほどに。


ああ、これでいいんだね。好きなものを好き、という自由を手放さないこと。それが基本で。そしてその自由を奪おうとする力に抗う力は、こんな風に知らない人と笑いながら語ることで、自分の中で身につけていけるものなのかもしれない。
今日も、ドラマを観よう。音楽を聴こう。そして先日92才で亡くなられた金福童さんのことを思いながら、祈ろう。もっともっと私たちは、自分の思っていることを、自由に話そう。話していいんだ。
雨の日。ちょっと嬉しい一日。


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※写真は2月2日ソウルで行われた金福童さんの市民葬の日のソウル市庁。14才で「慰安婦」にされ、70代で性暴力被害を語りはじめ、そして晩年人権活動家として闘い、若者たちの教育支援のために尽力され、若者に記憶され、尊敬された金福童さんのことを、私たちも、この国で萎縮せず、自由に、敬意を込めて語っていきたい。

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北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めて、女性だけで経営するセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を始める。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)など。佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・最新刊は香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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