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「守る」はいったい誰のための言葉なのか?

牧野雅子2019.02.28

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その人は、タメイキをつきながら言った。
「あなたが守らないと」「あなたしか守ってあげられる人がいないんだから」と言われる。でも、わたしに何が出来る? どうしたらいいの? どうしろっていうの?

彼女がうつ病の家族と暮らして2年が過ぎた。彼女の夫がうつ病と診断されて2年たった、ということなのだが、実感としては、うつ病の人と暮らして2年になります、という方が近い。生活がすっかり変わってしまった。この2年、夫の笑った顔を見ていない。よく笑う人だったのに。やせて面変わりもして、違う人みたいだ。

夫は、彼女とは違う世界に住んでいるように思える。そこは、まったく安全が保証されておらず、まわりは攻撃をしてくる人ばかりで、ひとときも気が休まることがない。いつも恐怖と不安で怯え、けれど、闘おうにも、自分の全力を出してもそれまでも何分の一のこともできない。夫はそのことを、ギアをローに入れてアクセルベタ踏みしている感じ、といった。それが、起きている間中ずっと続く、しかも、ほとんど眠ることができない状態に置かれる世界。投薬の効果で眠れるようになっても、何かの拍子に、すぐそっちの世界に行ってしまう。

夫は仕事に関係するものが目に入るだけで震え上がるから、彼女はいろんなものを隠した。仕事そのものは好きなのを知っているだけに、切なかった。パニックという言葉が使えなくなった。彼女がそれまで陥っていた状態は、パニックなんかではなかったと、軽々しくその言葉を使っていたことを、目の前で苦しむ人に何も出来ない自分に無力感を抱きながら思った。

夫の職場の人に言わせると、夫個人が問題、性格にも問題、仕事の仕方も問題、らしかった。勝手に不安がって一人で病気になったとでもいうような認識のようだった。詐病だと思われている節もあった。足を踏まれた人の痛みは、踏んだ人には伝わらないということを改めて思う。構造的に振るわれる暴力の中では、個人の加害は自覚されないままだ。

職場の人から、妻である彼女が言われた言葉がある。それをそのまま書くのははばかられるが、家がリラックスできる空間であればよかったのに、というようなことを言われたのだった。仮に職場で問題があっても、家でそのストレスが解消できればこんなことにはならなかったのに、と言われているようだった。家をストレス解消できる場に整えられなかったことが問題、それは妻の役割、つまり、夫のうつ病の責任は妻にある、と言われているのかと思った。なるべく鈍感を装って聞いていたけれど、職場も迷惑を被っていると言われているのだと、この場で期待されていることをまさに忖度して、「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と、彼女は頭を下げた。

こうやって、本人の問題に矮小化され、家庭の問題でもあるかのように思わされるのかと思った。言われたほうは、反論なんてできない。反論して、よりいっそう酷いことになったらと思うと、言葉を飲み込むしかない。主導権はこちらにはない。ただでさえ、思っている、もっと早く気がついていればとか、自分も追いつめていなかっただろうかとか。反論できない状況を設定したうえで、自責の念を刺激して自滅するのを待つようなやり方は、ああ、どこかで見たことがあると思う。

夫の職場の社内報に、職員のメンタルヘルスに関する連載記事があり、悪夢を見ているような気持ちでそれを読んだ。これはどういうことだろう。職場では職員のメンタルヘルスに気を遣っていますよ、だから、それでも心を病んだのなら職場は無関係です、それは家庭が問題だからですよ、という免罪符としてなのだろうか。こうしたヒネた読みをしてしまうのは、疲れているからなのだろうか。疲れている? そう、疲れている。でも、絶対に倒れられない。

彼女は、自分が倒れたらこの人はどうなってしまうだろうといつも思う。倒れられない。そのプレッシャーはものすごいものだ。そこに「あなたが守りなさい」の言葉が降りかかる。それは、あなたの責任と聞こえる。もし、夫に何かあったら、それはあなたが悪かったから。言った人には悪気はないことはわかっている。だから、余計に、辛い。

「旦那さん、元気?」母親からかかってきた電話で、職場の問題でうつ病になったことを話したら、「あなたが守らなきゃだめでしょう」と言われた。喉が詰まって声が出なくなり、電話を切った。それから実家には帰っていない。

彼女は、「守る」という言葉自体に拒否反応を起こすようになった。「リードを守り切った」と叫ぶテレビの野球中継、「ウイルスから体を守りましょう」と書かれた風邪予防のチラシ、ドラマの役柄の名前でさえ。たぶん、言葉の問題じゃないと自分でも思う。

それでも、「守る」という言葉は何かを象徴しているように思う。暴力や無力さや責任転嫁や罪悪感を。そして、その言葉は彼女を守ってはくれないということも。彼女もまた、暴力の場に投げ出されて、傷ついている一人だ。

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牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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