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幸せな毒娘 Vol.13 被害者からサバイバーへと③ 全部私のせい

JayooByul2023.03.10

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私の人生をもう一度狂わせた事件は、私が日本の大学受験の準備するためにまだ韓国に滞在している時に起きました。中国留学を終えてからも色々ありましたが、それは今度の機会にまた話すとして、今回は2009年から2010年の新年にかけて起きた話です。

その時期、母と妹を含めた私たち三人家族の中では妙な空気が流れていました。そこには私が父のDVのトラウマから離れられず荒れるなど、いろんな理由があったのかもですが、それよりももっと大きい何かがあるような気がしました。まだ仲の良かったはずの家族が、理由も分からず段々と会話をする時間が減っていったのです。うつな気持ちのコントロールの仕方が分からず、ただただ母と話がしたくて声をかけると、毎日のように「疲れている」と会話を避けられました。ここ数か月、妹ともまともな話をしたことがなく、何かが起きているのに原因が分からず、私一人だけ取り残されていくような感覚でした。

その時すでに母には彼氏が出来ていたと思われますが、母はそれを私と妹には隠していたため、二人の関係性がどうだったのか正確には分かりません。ただし当時の私の目には、母がその男の人に片思いしているのではないかというくらい、彼から母へのそういった愛情の視線は一切見られませんでした。どちらかと言えば、たまに私に向ける熱い視線が負担に思えたのです。何かおかしいことは気づいていましたが、父にも母にも頼ることができなかった私は、たまに彼に相談に乗ってもらうことがありました。まさか、という経験の浅い子供ならではの甘い考えと同時に、もし彼の狙いが私だとしてもそれが妹に向かなければ大丈夫、母も心理的に頼ってるんだから私が上手く逃げればこれ以上何も起きないはずだという最悪の(それも浅はかな)考え方が共存していたのです。

しかしあるときから、妹が(私からすると)高い靴や贅沢な所持品などを増やしていることに気づきました。いつも「お金がない」という、昔からの親の口癖は、良いマンションが買えた後も変わりませんでしたが、きっと家のローンを返すためなんだと、私の知らない大人の事情があるんだと思い、長女として洋服の一着もねだったことのない人生でした。母はいつも妹の好きなものを私の好きなものと勘違いするほど妹のことを贔屓していたので、きっと今回も妹が親の事情を考えずに甘えてねだっているのだと、まだ幼いからそうなんだと妹を責める気持ちが大きくなりましたね。

そうやって徐々に家族と会話することを諦め、家族の間の会話が断絶したある日でした。その夜、と私は家に居るのが苦痛で誰にも言わずに家を出ました。家族の誰とも会話をすることもなかったので、夜中に家を出るとしても私を探す人はいませんでした。韓国の法律ではちょうど成人を迎えた年でもあったので、近所の友達の家に行き新年を迎えながら徹夜でお酒を飲むことになっていました。自分がアルコール分解酵素を持ってないと知らなかった当時の私は、少し飲んだだけですぐ記憶が飛び、その夜のことはあまり覚えていません。翌日の朝、その男の人に電話を掛け友達と一緒にご飯を奢ってもらったことだけはハッキリと覚えています。まさかそれが、その男が私の妹の体を触ってきた帰り道だったとは思いませんでした。

妹の口からそれを聞いたのはもう少し時間が経った後です。大学に受かったことをきっかけに久しぶりに父と出会った私は父と妹の三人で食事をしました。まるで最後にされた暴行はなかったかのように、すぐにべらべらと色んな事を話しました。家族との会話が久しぶりだったので少しウキウキしていたのかも知れません。父はまだ娘たちがいる家に、母が他の男性を入れていることが気に入らないみたいでした。私が知っている限りでは、母と彼が同じ部屋に二人っきりでいることはありませんでしたし、仕事関係*で長年付き合いのある知り合いだったので、ただ仲良くしているだけだと母を庇いました。しかし彼の下着を一緒に洗濯したり、それを私が干して畳んだりするのは何か気分が悪かったので、それを父に伝えると、父は大きく怒りそれは間違っていると言いました。やっぱり普通なことではないんだと、私の本能は間違ってないんだとその時初めて確信が持てました。

*母が経営していた塾と同じ建物で整骨院をやっていた男で、勉強ばっかりだった私の腰の問題で中学生の頃から何回も整体に伺ったこともあったり、父の発明品を置いてもらったりとして深いかかわりがありました。

それで妹に話したのです。その男がどんな良い顔をしても、男は絶対信じるな、と。もしも何かして来そうだったら絶対お姉さんに言うんだよ、と。妹は気難しそうにしていましたが、すぐに口を開けこう話しました。

「姉さん、実はね、私すでに悪いことされてるの」

妹の説明はこうでした。最初はお腹が痛い時とかにマッサージをしてもらうだけだったと。すると気のせいかな?と思うくらいに微妙な感じで指先がパンツの下に入ったりすることがあったらしいです。母にも相談してみたけどやっぱり気のせいだと言われ、徐々にマッサージを断るようになっていたと言いました。それから少し時間が経ち、問題の年末の夜、一緒に家のリビングで映画を見ていたら、時間も遅かったため母は寝室に戻り、妹はそのままとリビングで寝落ちしてしまったそうです。何かの違和感で途中で目を覚ますと、彼が妹の手を使ってマスターベーションをしていることに気づいたと言いました。怖くてずっと寝るふりをしていたら、彼は妹の体に触れたりしつつ、事を終えどっかに去っていったと。

翌日母にそのことを明かすと、母は慌てて「父や姉さんには絶対言わないでね。言うと私もおじさんも皆殺されるから!」と妹の口を封じ、妹が欲しいものは何でも買い与えていたらしいです。妹もそのことを忘れるために、与えられる喜びだけに集中していたようでした。その男は母に話を聞き、妹にものすごく謝ったようですが、性犯罪は謝って済むものではありませんよね。

それを聞いてから私は色んな感情の波に飲み込まれ狂いそうになりました。

「もしその日、私が友達の家に行ってなければ」
「妹だけは私が守りたかったのに」
「なんで私だけがターゲットだと思っていたんだ」
「その男はそんなことをしておいて、何も無かったかのように私を迎えに来ていたのか」
「私は何も知らずに彼が奢ったご飯を食べていたのか。吐きたい」
「母に裏切られた」
「私が小学生の時にされたことを覚えているよね? 私がどんだけ苦しんだかも分かっているはずだよね? なのにそれを私に隠した? 彼といまだに関係を続けている?」
「なんで、私がいるから妹は大丈夫だと思っていたんだろう。性に狂った男に女の年なんて関係ないのに。でも、それでも妹はまだ中学生なのに、どうして」
「私は自分がそれだけ苦しんでおいて、妹も守れなかった」

全部、
私のせいだ。

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JayooByul

JayooByul(じゃゆびょる)

JayooByul (ジャヨビョル)日本のお嫁さんとオーストラリアで仲良くコアラ暮らしをしています。堂々なるDV・性犯罪生存者。気づいたらフェミニストと呼ばれていました。毒娘で幸せです。

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