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むちゃセンセーのフェミニズム<今さら>再入門 第8回セクハラの「誕生」と名付けのポリティクス

牟田和恵2014.10.30

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先日、NHKあさイチ「女性リアル―四十代からの“セクハラ”」に専門家ゲストとして出演しました(10/15放送)。この日、有働アナを番組で「いき遅れ」キャラとしてしょっちゅういじっていることに苦言を呈したイノッチに、ネット上で高評価が集まったので、それで番組のことを知った方もあるのでは。

番組のねらいは、職場のセクハラは法律もあって、あってはならないこと、苦情を言っていいことという認識がありますが(現実には容易には言えないとしても)、職場以外では、性的なことで不快な思い、戸惑いを覚えるようなことがあったとしても、それをセクハラと言っていいのか、もうそれほど若くもないのだから気にするほうがおかしいのか、と悩む女性たちの声をすくい上げることにありました。私はこの番組に、企画段階からかかわったのですが、NHK担当者の中には、「法律に無いのに、職場以外のことをセクハラと言っていいのか?」という消極論もあったのです。大丈夫でしょうかと心配するディレクターに私は、「言っていいんです!」と太鼓判を押しました(でも、番組のタイトルのセクハラは“  ”つきでしたからその懸念は消えなかったものとみえます)。たしかに職場以外のセクハラは、男女雇用機会均等法で定められているような規制やガイドラインはありませんが、法律がないからといってセクハラでないわけはない!


今は法律もある職場でのセクハラも、しかし、歴史は新しいのです。職業上の女性問題のうちでも、賃金の差別や採用昇進での差別などは不当であるという認識は比較的早く確立しましたが(実際に差別がなくなったわけではありませんが)、セクハラに関しては、欧米でも女性差別の問題、労働権の問題としてとらえられるようになったのは、1980年代に入るころからで、日本で初めて広く知られるようになったのは1989年です。もちろん、それ以前にも、職場で性的な脅かしや不快な言動をされる事態はいろんな職場で珍しくもなく起こっていたのですが、それらは、ありがちで仕方のないこと、プライベートなことだから差別や労働の問題とは関係ない、運が悪かった、女性がうまくさばけないのが悪い、等々と、その不当性が認識されず、むしろ女性が責められていたのです。それをセクシュアル・ハラスメントという言葉を用いてその不当性、差別性を初めて理論化したのが、アメリカのフェミニスト法学者キャサリン・マッキノンです(”Sexual Harassment of Working Women”,1979 (邦訳『セクシャル・ハラスメント オブ ワーキング・ウィメン』))。その後、日本にもこの概念は少しずつ知られるようになりましたが、89年に日本で初めてセクシュアル・ハラスメントを不当な女性差別、労働権の侵害として訴えた裁判(福岡地裁。1992年勝訴)をきっかけとして、「セクハラ」という略語も生まれ、あっという間に広がっていったのです。
その広がりのすばやさは、セクハラの語が、女性たちがそれまで感じていた不快さ、なぜこんなことで悩まされないといけないのかという怒り、あるいは戸惑いを表せると感じた言葉だったからにほかなりません。「気にしないでおこう」「忘れよう」としていたかつての経験を、それはセクハラだったのだ、不当なことだったのだと、とらえ直すことができたのです。そこには「ことば」を作り出すことによる力、エンパワーメントにつながる作用をみることができます。マッキノンは、「セクシュアル・ハラスメントは女性たちが発明したのではない、それはどこにでもあった。女性たちは、それが不当であると発見したのだ」と言っていますが、セクシュアル・ハラスメント、セクハラという言葉の誕生はまさにその象徴です。


この、問題に名前を付けることで浮かび上がらせることによる力はフェミニズムに限った話ではありませんが、フェミニズムの歩みの中では、言葉の創造がしばしば画期的なターニングポイントを作り出しています。
ベティ・フリーダン『新しい女性の創造』は、1963年に出版され、アメリカで大ベストセラーとなって女性解放運動(第二波フェミニズム運動)のきっかけとなったとされる名著ですが、この書の冒頭に書かれキーワードとなっているのが「名前の無い問題(the problem that has no name)」という言葉です。当時のアメリカ白人中産階級の女性たちにとって「幸せ」とは、頼りになる夫・かわいい子供たちと郊外のマイホームで妻・母・主婦として生きることとされていました。しかしフリーダンは、女子大卒業15年後の同期生200人のアンケートから、彼女たちがその生活に順応しようと努力しながらも、本当にこれが自分の生きたい生き方なのかと、言いようのないもやもやした気持ちを抱え葛藤していることを明らかにし、これを「名前の無い問題」と呼びました。多くの女性たちは、この書を読んで、そう感じていたのは自分だけではなかった、女性の幸せとされていることは幻想に過ぎないことを知ったと言われています。フリーダンは、「名前の無い問題」という表現で問題を浮かび上がらせ、女性自身も内面化していた社会文化的な期待を批判し女性個人にとっての自由と解放を求める女性解放運動(第二波フェミニズム運動)のスタートラインを作り出したのです。


地域社会や親族関係の中で起こるセクハラには、規制する法律や公的に定められた解決の仕組みはありません(男女共同参画社会基本計画により、自治体の男女共同参画センター等の相談窓口で相談できます)。でも、自分の感じる不快感や違和感、当惑を、「セクハラ」という言葉で表すことができれば、そう感じる自分が悪いのではなく、そうした行為が問題、するほうが悪い、ということがわかり、止めてほしいということもできうる。職場以外であれ、セクハラが女性のエンパワーメントの言葉となりうることは変わりありません。


残念ながらセクハラという言葉には過剰反応する人々も珍しくなく、「やたらセクハラと言い立てるのは良くない」というような意見も聞きます。でも、それは、セクハラがハレンチな犯罪行為を指す言葉であると思い込んでいるような誤解によるものが少なくないです(そういうセクハラもありますがむしろ例外的)。「それセクハラです」、と言うのは、なにも、いきなり犯罪告発をしているのではなく、「自分にとって不快なことなのでやめていただけますか」というメッセージ。やっと女性たちが手に入れた言葉を、押し潰そうとするのはやめていただきたいものです。


ところで、女性がセクハラの加害者になることもあります。とくに中年以上になると、若い男性へのいじりやからかいをついついやってしまったりしますが、言っている本人は軽い気持ちでも、度重なるとその人にとって働きにくい職場環境になってしまうのは、男女問わず。また、若い女性に対し、「自分たちのときはそんなことは許されなかった」と昔ながらの性役割を押し付けることもありがち。私はこれを「オバハラ」と名付けてはどうかと思っていますが、流行らないかな?

 

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【付記】
最近、新聞に掲載された中高年男性向け雑誌の創刊広告に、キャビン・アテンダント(CA)へのセクハラを指南・推奨しているかのような呆れる表現がありました(下図参照)。

私は新聞・雑誌の関係各社に対して抗議し、回答をもらいましたが、「誤解を招いた」「そのような意図はなかった」と、セクハラ加害者のよくある言い訳そのまんま。

意図がなければセクハラにならないとでも思っておられるのでしょうか。それにしても、この宣伝、中高年男性はこんなにセクハラしたがっていると言ってるようなもので、男性にも失礼だと思うのですけど。

 

 

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抗議・回答について、詳しくはこちらをお読みください。
呆れたセクハラ奨励広告に抗議文を出しました!

http://wan.or.jp/group/?p=3316

セクハラ推奨広告抗議に回答:「誤解」って何ですか!?

http://wan.or.jp/group/?p=3350

 

 

 

 

 

 

 

 

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本の紹介
牟田和恵『部長、その恋愛はセクハラです!』集英社新書、2013

自分の本を紹介するのは気が引けますが、テーマにぴったりなのでお許しください。
上にも書きましたが、「セクハラ」には誤解がいっぱい。現実に生じるセクハラは、お役所や会社、大学が発行している防止パンフレットや各種マニュアルにあがっている「不快な性的言動を行う」事例とはだいぶ違って、微妙なかたちであらわれます。ほとんどのセクハラはグレーゾーンで生み出され、女性はセクハラと言っているのに男性は恋愛と信じきっているような例も多々あるのです。本書では、なぜ女性ははっきりとノーが言えないのか、男性はなぜ気づかないのか、そのメカニズムを豊富な実例に基づいて解説しました。上野千鶴子さんから「一家に1冊、いや、男性ひとりに1冊、本書は『家庭の医学』なみの必需品。あのひとが昇進したら、贈ってあげよう。」との帯をいただきました。

 

 

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牟田和恵(むた・かずえ)

本業は大阪大学人間科学研究科教員、専門は社会学・ジェンダー論です。
女性と女性の活動をつなぐ情報サイトWAN(ウィメンズ・アクション・ネットワーク http://wan.or.jp/)の運営にもかかわっています。おもな著書に、『部長、その恋愛は、セクハラです!』集英社新書、『ジェンダー家族を超えて』新曜社、『実践するフェミニズム』岩波書店など。
ゼミや議論の際に学生に質問やコメントをうながすとき、「無茶振り」をするらしく(自分ではそう思ってないんですけど、、、)むちゃセンセーとあだ名がつきました。

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