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幸せな毒娘 Vol.31 追い込まれる女性たち―18歳でホステスデビューしました①

JayooByul2023.07.28

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皆さんは後悔のない人生を生きるためには何が大事だと思いますか? 私は「経済的に余裕があるとしたらわざわざしない事」はしないようにしています。そうすると大体後々後悔することは起きません。例えば、今私の手元に1千万円が現金であるとしたら、果たして私がこのことをするだろうか?同じ決断をするだろうか?を考えて、金に余裕があったら絶対やらないだろう、と思うことはやらないことです。そうすることで自分自身を守ることができます。

今日の話は私が18歳から20歳にかけて経験した話です。私は18歳で日本でホステスデビューしました。外国人の身分だったためもちろん違法でした。合計で実際に働いた期間は4か月程ですが、私が水商売に就いていた事は変わりません。

私は18歳になってすぐ日本のワーキングホリデービザを申請しました。その時私は日本の大学の受験に失敗し、応急室に運ばれるくらい父に殴られた後でした。気が付けば、「怖い、逃げなきゃ」と思っていたのです。韓国では生きていられませんでした。お金は母が予約してくれた片道の飛行機チケット1枚。そうやって日本に戻る飛行機に身を任せました。そうできたのはネットから見つけた「あるバイト」に就くことが決まっていたからです。

韓国にはNaverと言う大手のサイトがあります。私はそこで色々検索を掛けてて、あるコミュニティーを見つけました。そのコミュニティーでは若い女性たちを募集する求人の広告をかかげていて、「ただお酒を注いで、話し相手をするだけの簡単な仕事」だと書いてありました。日本にある韓国クラブで、寮もあって最初はお金がなくても、後で給料から天引きするから体だけくれば大丈夫だとも書いてありました。

最初は不安で怖かったです。でもネットで色々調べていると、“お触り”もなくて、お酒の強制もないと皆口を揃えて言っているのでした。確かに、日本の有名なドラマをみても、日本のクラブは本当に話し相手をするだけの優雅なイメージがありました。もちろんそれをそのまま信じた訳ではありませんが、当時は私にはその選択肢しかないと思っていました。だから無理やり自分が見たいことだけを見ようとし、夜の仕事に対するポジティブな情報だけを集めていたのです。

私にできることは体を売ることしかないと、そう言っていた父からの長年の虐待のせいで、正直理性的な考え方と言うモノができなくなっていました。だから私の年に、私の能力では、生活費と学費が溜められる仕事はそれ以外一切存在しないと思っていました。社宅を提供してくれる工場のバイトがあることも知りませんでした。少しは父への復讐の気持ちもありました。私が本当に「そんな仕事」に就けば、きっと後悔して謝ってくれるのではないか、と言う浅はかで幼い考え方でした。
どんだけ大変でも「夜の仕事」に就かない女性もいます。でもだからって、夜の仕事を選んだ女性たちを非難したくはありません。夜の仕事を選んだ女性たちには、その時にはそれが最善だったことを見過ごしてはならないと思うんです。

韓国では特に自暴自棄の気持ちになった女性がこういう仕事に走る傾向があります。最も大事なモノを失ったとか、もうこれ以上失うものがないと判断した時とか、リスカのように一種の自虐行為なのです。私の場合も家庭環境が破綻してもうそれ以上守るモノがなくなってしまったと思い、正気ではありませんでした。もう何がどうなっても良いと思っていました。

私は学生時代から道徳や倫理に関してはかなり保守的で校則をきっちり守るタイプだったので、それまでは一度も髪の毛を染めたことがなく、髪の毛を染めるだけでも大きな非行だと思っていました(※)。でも日本に着いた途端、クラブで働くためには髪の毛を明るく染めた方が良いと言われたのです。(※当時は髪の毛を明るく染める韓国人はあまりいませんでした)

美容院でブリーチをしながら号泣したのを覚えています。同じ部屋を使う姉さんは、「それでもお金を稼ぐためなんだから仕方ないよ」と慰めてくれました。美容院を経営する女性のオーナーさんも私を同情の目で見ていました。大体こういう仕事に走る若い女の子たちの事情は似たり寄ったりなので、きっと何かを察していたんだと思います。

そして最初の出勤日になりました。人生初めての濃い化粧をして、暗い照明の中でぼっと座って客が来るのを待ちます。その雰囲気はドラマやネットで広まっていた情報とは全く異なりました。父位の年配のおじさんやおじいちゃんたちが若い娘とお酒を飲みに来るところなのです。“お触り”がないはずがありません。“お触り”がないのではなく、客の機嫌を損なわない様に要領よく逃げなければなりません。機嫌を損なうと「チェンジ」されます。皆の前で男の「チェンジ」という一言で、何も言い返すことができずその場を去らなければなりません。プライドが傷つくのはもちろん、自尊感情を持ってはいけない場所なのです。私の存在価値そのものが否定される場所に思えました。だから多くの女性はお酒に依存しはじめます。残念ながら私は体質的にアルコールが一切飲めなかったので、そうする事すらできませんでした。私は18歳でしたが、日本で飲酒が可能な年齢は20歳から。でも職業柄お酒を一切飲まないってことは不可能です。だからママは私のことを皆に20歳だと紹介しました。

日本にはこういう迷信があるようですね。
「若い女と寝るほど若返る」
仕事に就いて間もなく、自分の愛人関係になる代わりに毎日同伴もして売り上げも上げて挙げると提案してきた大金持ちのおじいさんがいました。彼は色んなクラブを歩き回りながら、その店の一番若い女性と寝るのが日常らしいです。
不幸の中の幸いと言いますか。そのクラブのママは同じ韓国人であって、韓国の保守的な性文化も良く分かっていたため、私に男経験がないことを知り、そのおじいちゃんのテーブルにはあまり座らせないようにしてくれました。そうやって客と寝て売り上げを上げるのも上げないのも、全て私の選択だからと、それ以上の接待を押し付けられることはありませんでした。

他の従業員は皆私が20歳だと思っていましたが、それでも私が病んでいくのを見て「こんな仕事は最低25歳はないとねぇ…20歳はまだ赤ちゃんだから」と包んでくれました。その通り、その店で働いてる女性たちは皆20代半ばから後半の年でした。

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JayooByul

JayooByul(じゃゆびょる)

JayooByul (ジャヨビョル)日本のお嫁さんとオーストラリアで仲良くコアラ暮らしをしています。堂々なるDV・性犯罪生存者。気づいたらフェミニストと呼ばれていました。毒娘で幸せです。

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