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マモルくんが、身を守るために心に留めておきたいこと

牧野雅子2017.11.22

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むむっ、これは捨て置けぬ。資料探しの合間に見つけた記事に、手が止まった。「守る」という言葉に反応してしまったのだ。ビジネス誌『週刊エコノミスト』2017年2月28日号のタイトルは「弁護士vs会計士・司法書士」。士(サムライ)業が「隣接士業の仕事を食い合う仁義なき戦いを繰り広げる」様子の特集だ。

刑事弁護関係では、痴漢冤罪を例にとって、刑事弁護の専門家によるアドバイスや弁護士の役割が紹介されている。刑事弁護=痴漢冤罪対策という図式で紹介すること自体、疑問に思わなくはないが、読者にとって想像しやすく、身近で心配な題材が痴漢(冤罪)だということなのだろう。ここでは、女性は読者として想定されていない。女性読者を想定していたら、まず、痴漢は被害者からの目線で語られる。男性だって痴漢被害に遭うし、中には、女性から被害に遭う男性もいるのだけれど。

多くの人が知りたいであろう、電車の中で痴漢に間違われたらどうしたらいいのか、については、毅然とした態度でその場を立ち去るべし、なんだそう。そういえば、いくつものWEB記事で、駅事務所には行かずに立ち去ること、その際、名刺を渡すとよい、という弁護士のアドバイスを読んだことがある。氏名や所属を明らかにし、いつでも事情聴取に応じますよ、逃走の恐れはありませんよ、という意志を告げる意味合いがあるということだった。でも、本紙の記事によれば、これ、意味はないのだという。あらら。弁護士によって言うことが違うと、対処に困るよねと、若干、電車通勤する男性に同情を寄せかけていたら、続きにこんなことが書かれていた。

えん罪の場合はもちろん、罪を犯してしまったとしても、勾留されなければ会社や学校に通うなど、今まで通りの日常生活を送ることができる。周囲に発覚しなければ、会社を解雇されることもない。 (中略) 「私は犯罪なんて絶対にしないから関係ない」という自信がある人がほとんどだろう。しかし○○法律事務所の依頼者の多くは、大企業の管理職など、社会的立場があるという。「普段は大丈夫だろうが、酒を飲んだときについ、ということは誰も否定できない」(○○弁護士)。「前科」をつけないためには、不起訴処分を目指し、示談交渉の時間を十分に確保することが不可欠だ。
(引用者注:○○には事務所名や弁護士名が入っているが、ここでは匿名にしておく)


そして、記事の最後はこう、締めくくられる。「有罪率99%の日本の刑事司法は甘くない。身を守るために心に留めておきたい」。ちょっと待って。男性にとっては、痴漢「冤罪被害者」になってしまうかもしれないことも、痴漢「加害」で調べられ処罰されることも、同じ「身を守る」の対象なの? 杜撰な捜査による冤罪の問題と、被害者と示談して起訴を回避し前科をつけないことを、同じレベルで語ることができるの?
社会的立場のある人が酒を飲んで「つい」罪を犯してしまう、その例示のどこが読者に親近感を湧かせるのだろう。そんな人だってやってしまう、誰にでも犯罪者になる可能性があるということなのですよ、とでもいうのだろうか。セクハラ、パワハラ、そしてDV。そういう「地位」とか「権力」は、性暴力加害と親和性を持っている。

男性が通勤電車の中で「身を守る」の意味が、痴漢加害者に間違われないようにだというのも、被害経験者からすれば「なんでそうなる?」なんだけど、冤罪被害に遭うかもしれないことと、酒を飲んで「つい」触ってしまって痴漢だと突き出されることを一緒くたにされるのには唖然とする。もっとも、これは取材に応じた弁護士や事務所の見解ではなく、編集部や、想定する読者層の心情を反映しているとみなすべきだろう。

ネット上でよく見る、「冤罪ガー」くんたちの主張にも共通するものがある。異なる水準の問題なのに「可能性としての冤罪被害」と痴漢被害を同じ「被害」としてみなすとか、逮捕勾留有罪になった冤罪事件の当事者男性と、触られた「だけ」の女性を比較して、男性の被害の方が甚大だと言うだとか、挙げ句の果てには、触られたくらいで痴漢被害だと騒ぐなだとか。実際には、加害者といわれた人の言い分がその場で通るケースもあるのに。事件にならず警告で終わる場合もあるのに。何より、痴漢被害で学校に行けなくなる学生だっているのに。でも、そんなケースは、彼らの論理では、比較の対象にすらならない。
冤罪を問題にしているはずなのに、「つい」やっちゃったケースに寛容であれという気持ちが見え隠れする。冤罪という問題を隠れ蓑にして、痴漢加害に対する非難をかわそうとすらしている。

被害に遭ったことのある人たちにとっては、痴漢をはじめとする性暴力から身を守るとは、文字通り「身を守る」だ。警察を筆頭に、公の声が、自分の身は自分で守れ、と要請しさえする。一方で、男性にとっての身を守るとは、冤罪被害に遭わないこと、会社にバレないこと、いつも通りの生活を送れること、そして、前科がつくのを回避すること。たとえ痴漢をやったとしても!
バレなきゃいい。そんな声が聞こえてくるようだ。それは、満員電車の匿名性の中で行われる痴漢加害と、たぶん、近い。

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牧野雅子

牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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