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僕は見たことないです

牧野雅子2018.05.24

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電話のことが大変に苦手である。とりわけ、こちらから何かを問い合わせる、というのが苦手で苦手で。役所に問い合わせる時なんて、ヘタすると一日中電話を片手に悶々としていることすらある。そういえば、役所の窓口も苦手なのであった。

書き進めている原稿の参考にしたいのに、とある県の犯罪統計データがどこにも見つからない。多くの場合、それは「犯罪統計書」と呼ばれる冊子にまとめられていて、図書館に所蔵されている。国会図書館や大学を検索してもヒットしないので、意を決して、警察本部に問い合わせることにした。 以下は、担当者と間でかわされた電話のやりとり。(ま:牧野  け:担当警察官)

ま:……県警本部が作成していた「犯罪統計書」、○○年までのものは国会図書館や公立図書館に所蔵が確認できるんですが、それ以後は見あたらないのです。作っていないのですか、それとも、作っているけれども、図書館には入っていないのですか。あるなら、どこで見られますか。
け:見たことないです。
ま:あの、○○年までは確認できるんです。それ以後の犯罪統計数値を知りたくて。
け:ボクは見たことないです。
ま:いえ、あなたが見たことがあるかどうかを聞いているのではなく、犯罪統計書があるのかどうか、ということです。犯罪統計数値が分かるものがあるのかどうか、あるなら、どこにあるのかが知りたいのです。
け:ボクは見たことがないので、まわりの人に聞いてみます。 (長―い保留音) まわりの人も、見たことがないと言っています。
ま:いや、だから、見たかどうかということを聞いているのではなく、○○年以降に県警本部が集計した犯罪統計数値が分かるものがあるのかどうか、あるならどこに行けば見られるのか、ということを聞いているのです。
け:見たことないのでボクには分かりません。

 この後、同様のやりとりがしばらく続く。質問の仕方を変えてみても、どんな質問にも「見たことがない」を繰り返す担当者。この、全然噛み合ってない会話といったら。ああ、もう、君が見たかどうかが知りたいんじゃない、統計があるかどうかが知りたいんだ。誰も、君のことなんか聞いていない。第一、悪いが、君のことには関心がない。わたしの関心事は、統計数値なんだーっ!! 目撃情報を探しているわけじゃないんだから。見た人がいるかどうかが知りたいわけじゃないんだから。それでも「見たことがない」という言葉が繰り返される。

 最初は、業務に不慣れで「見たことがない」としか答えられないのかと思った。けれど、何度も繰り返される「見たことがない」という答えや、探そうとすらしないその姿勢に、この人は「見たことがない」と言って押し通せばわたしは諦めるだろうと思っているんだろうな、ということが分かってきたのだった。わたしは、その程度に思われているんだろうな、とも。

結局、件の統計資料の在処は分からず、後味の悪さだけが残った。なんだろう、自分が聞かれていることが何なのかを理解しようとしない、この感じ。人の話を聞かない、この感じ。相手を拒絶する、相手をバカにしたような、この感じ。こういうのがあるから、電話は嫌なんだよ、役所は嫌なんだよ……と思う。自分ももしかしたら、どこかで誰かに同じような態度をとっていたかもしれないとも思いながら。

むかーし、学生時代に、受付でひたすら頭を下げる、というアルバイトをやったことがある。クレームを言いに来る客に、「申し訳ありません」と頭を下げる。クレームの内容は聞かなくていい、解決策も提示しなくていい、ただ、頭を下げるだけ。

一日だけの受付業務、のような募集があったのだと思う。その場に行って初めて、仕事の内容を知らされた。頭を下げるだけの簡単なお仕事です、なわけがない! 自分にぶつけられるクレームには、自分には責任がないこともあって、わりと我慢が出来た。そのかわり、目の前にいる人が思っているであろうことを想像して、その申し訳なさに、ココロがすり減っていく。そして理解するのだ。わたしたちの仕事は、頭を下げることではなくて、何を言っても仕方がないと思わせること、相手を諦めさせること、なのだと。そのために、話が通じない人形を演じる。ただひたすら、機械的に頭を下げる。その間、何を思っても考えても構わない。心の中で舌を出しても。

その日一日だけのアルバイト。わたしが「対応」した人には、申し訳なかったです、と、心から頭を下げたい。その一方で、あれが日常であったなら、と思う。頭を下げ続ける、その人たちのココロはどうなってしまうのだろう、と。

 知人にあの電話のやりとりのことを話したら、その人は、わたしなんかメじゃないくらい怒っていた。その人は言う。この会話の何が問題かを、相手にちゃんと分からせないと、そういう人はまた、同じことをし続ける。あなただけじゃなくて、他の人にもきっと言う。その人は警察の人なんでしょう。もしかしたら、被害者に対しても同じような論法で門前払いにするかもしれないよ。被害者を守るどころか、傷つけるかもしれないよ。ああ、そうだ。その人は、警察官からの心ない言葉で傷つけられた経験を持っていた。

 わたしが話を伺った、何人もの被害者の方たちの顔が浮かぶ。痴漢被害に遭って警察に行ったけれど、真剣に取り合ってくれなくて、被害届を出す気持ちが萎えた。警察に電話をしたら、あちこちたらい回しにされて、自分なんてこんな扱いをされる価値しかないんだと、自分なんかこの世にいる意味がないんだと思って、涙が止まらなくなった……。

 わたしが苦手なのは、もしかしたら、「電話」じゃないのかもしれない。

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牧野雅子

牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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