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「いざというとき」に、その人の姿が分かる

牧野雅子2018.06.28

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 週の始まり月曜の朝。出かけるための支度を始めた8時少し前。ものすごい音が我が家を襲った。はじめは、回していた洗濯機が壊れたのかと思った。最近、ちょっと不調で、変な音がすることがあったから。家も確かに揺れてはいたが、ふっるーい木造住宅で、家の前に大きな車が停車するだけでも揺れる家だから、洗濯機が壊れるとこれほど揺れるのかと、トンチンカンなことを考えていた。緊急地震速報は、揺れの後に来た。

 そんな家だから、地震で真っ先に心配になるのは、家がゆがんで戸が開かなくなり、屋外に出ようにも出口がふさがれること。火事が起こっても戸が開かなければ、逃げられない。だから、地震のときには、火の元を確認して出口を確保。あの日も、その時にいた2階から階段を駆け下り、玄関に走った。ビー玉を転がさなくても「床、傾いてるよね」と人から笑われる我が家のこと、玄関の引き戸もアヤシイのだ。

 そして、忘れちゃいけない、犬にはリードをつけること。連れて行くには必要だし、万一逃げてもリードがついていれば、捕まえやすいから。普段から、災害時に問題になるのは犬のことだと思い、それなりに準備はしていたはずだった。ご飯とハウス、そのほか用意すべきものはリストアップしてまとめている。はぐれた時のことを想定して、首輪には携帯電話の番号を書き、マイクロチップも入れている。が、盲点があった。地震で犬が興奮して、リードをつけさせてくれないのだ。それどころか、逃げ回って呼んでも来てくれないのだった。
 狭い家とはいえ、体力のある中型犬が興奮して逃げ回ると、へなちょこニンゲンにはなかなか捕まえられない。ましてやこちらも地震で慌てている。きっと犬は、揺れや音に加えて、ニンゲンの尋常ならざる様子――慌てたり、大声で叫んだり、どどどと階段を駆け下りたり――に、影響されて興奮してしまったのだろう。
 SNSでは、地震に驚いて家を飛び出した犬や猫の情報を求める投稿を多く目にした。どうか、みんな無事に飼い主のところに戻れますように、と思う。

 何かが起こったときに、冷静に対処するのは難しい。普段からバッタバタの生活ならなおのこと。非常時は、自分という人となりを見せつけられる鏡のようなものだと思った。

 若い友人から、地震の時の話を聞いた。彼女は夫と一緒に暮らしている。彼は、テレビで災害のニュースを見ると、いつも「いざというときには何をおいても君を守る」と、言う人なのだそうだ。彼女は、特にその言葉を重く受け止めていたわけではなかった。別に約束というわけでもないのだし、と。

 地震の起きた朝、二人は会社に行く準備をしていた。これまで経験したことのない揺れだった。棚の上の物が落ちたり、食器がいくつか割れたりしたが、幸い、けがはなかった。ネットで調べると、電車は動いていないことが分かった。彼女は出勤するのは無理だと考え、すぐ上司に自宅待機する旨のメールを送った。家の安全を確認したら、壊れた物の片付けをし、湯船やバケツ、大きな鍋に水を溜め、非常持ち出し袋も確認した。親や兄妹に連絡を入れて、テレビとネットで情報を収集する。

 一方、夫はといえば、こちらも電車が動いていないことが分かると……車に乗って出勤しようとしたのだった。被害も心配、余震も心配、だいたい、こんな状態で職場に行ったところで、仕事になんてなりっこない。どうしてもその日にやらなければならない仕事があったわけでもない。なのに、「会社に行かないと」と、彼は妻が止めるのも聞かずに、会社に向かった。これまで、車で会社に行ったことなんてないのに。普段は乗らない車で、初めての道を、大きな地震があったその日に。被害の状況も分かっていないのに。嗚呼!

 神戸の震災の時のことを思い出す。わたしの住んでいたところは、被害がなかったこともあり、電車が止まったからと車で職場に向かう人たちが大勢いた。慣れない細い道で立ち往生する車、凍結した橋の上でスリップした車。道は渋滞して、車は全然動かない。

 彼女は落胆した。別に、地震が怖いから、でも、夫にそばにいてほしから、でもない。常日頃「いざというときには何をおいても君を守る」と言っていた夫。でも、思えば、夫は地震の対策らしいことを、何もしていなかった。そのときも、割れた食器の後片付けをしたのも彼女なら、親戚に連絡を入れたのも彼女。夫の言う「いざというとき」ってどんな時のことをいうのだろう、と思いながら。「いざというとき」には、その人の姿が分かるなあ、と思いながら。

 ところで。こういうときにこそ、わたしたちを守って頂かなければならない方は何をなさっていたか。首相動静記事によれば、地震のあったその夜、安倍総理は赤坂のしゃぶしゃぶ店にてご会食なさり、私邸で休まれたのだそうだ。翌日は、ワールドカップサッカーの日本代表応援ツイートをユニフォーム姿でなさった。総理大臣がね。大きな地震があったときにね。被害に遭い、亡くなった方もいらっしゃるのにね。非常時にはその人となりが出る…わけですね。

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牧野雅子

牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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