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「複合差別」と「忘れられる権利」

李信恵2017.12.04

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ご無沙汰してました、李信恵です。この前まで夏気分だったのに、気が付いたら黄金色の銀杏の葉が道路に敷き詰められる時期になっていた。で、今年ももう残り1カ月を切ったとかどうとか。…デマであってほしい。

つい先日の11月16日、対保守速報との裁判の地裁判決があり、無事に勝訴となった。6月の対在特会との裁判に続いて「勝つ」と、自分に言い聞かせていたものの、どういった判決が出されるのか。その内容を聞くまで、やっぱり不安だった。ちょっとだけ、ほっとした。

今回の判決では、保守速報のまとめが人種差別や女性差別の「複合差別」であることが、対在特会との高裁判決に続いて認められた。さらに、これらのまとめが人種差別や女性差別、日本の地域社会からの排除を扇動したこと、すなわちヘイトスピーチであることを理由として、『名誉感情、生活の平穏及び女性としての尊厳を害した程度は甚だしい』とあった。

保守速報には、2014年から1年にわたって45本の記事を書かれてきた。その記事は、タイトルに必ず私の名前と、朝鮮半島への侮蔑的な言葉やネットスラング、当時記事を書いていた媒体名などを入れていた。外見、容姿を揶揄する似顔絵や、写真も一緒に掲載され、2ちゃんねる(当時)に掲載された私に関する記事の中の、特にひどいコメントを抽出。並べ替え、文字の大きさや色を変え、読みやすく加工すれば、記事の完成。

当時は、ネットはもちろん路上でもヘイトスピーチが吹き荒れていた。差別とどうやって闘えばいいのか、苛立ちと悔しさを抱える日々の中、毎週のように週末は路上に向かっていた。自宅に戻ってパソコンを見れば、Twitterやネット上には自分へのヘイトスピーチがあふれている。「ネットなんって見なきゃいい」「言い返すだけ時間の無駄」と云う人もいたけど、自分の経験から、差別をなくすためには黙っていたら駄目って云うのがどっかにあった。

そして、「自分も記者だ。けれどまだまだ。実力も文才もない。せめて体を張って頑張ろう。こんなのには負けない」と、自分に言い聞かせていた。言い聞かせてるけど、体や心は言うことを聞かない。時々と云うか、ほぼ毎日お酒を飲んで、飲んでは吐いて。睡眠薬も重ねて飲みながら、何とか眠ろうとしていた。

けれど、そんな記事が増えて行くにしたがって、恐怖を覚えるようになった。取材に出かけ、電車に乗っていても「この中の誰かが自分を知っているかもしれない」と思うようになり、降りる駅も、帰り道もいつも変えるようになった。タクシーの運転手が「もし保守速報を見ていたら?」と思うと、自宅の手前や、ずっと過ぎたあたりで留めてもらい、そこから歩くことも何度もあった。

ある日の夜中、眠れずにいた時。「どうせ眠れないなら、顔を洗ってすっきりして原稿でも書こう」と洗面台へ。鏡を見た時、保守速報によく掲載されている、ロングヘアの自分の顔が映ってた。発作的に髪をつかんで、婦人用のカミソリで根元から数十センチ切った。ちょうど、4年前の今頃だったと思う。

しばらくして、上瀧浩子弁護士に会った時。浩子オンニはすごく髪が短くなった私を見て、「なぜ切ったの?」と聞いた。「これで、李信恵って分からなくなるかなあ」と笑うと、浩子オンニは泣きそうな顔をしていた。「どすけべなのかわかんないけど、(髪の毛が)伸びるのが早いから大丈夫やで」と、ギャグをかましたけど。いつもどおり、すべった。

それから3年半が過ぎて、今年の6月に対在特会との高裁判決の前に、あれから伸ばしていた髪の毛を切った。60センチも伸びてた。やっぱり、伸びるのめちゃ早い。切った髪の毛は、がんと闘う子どもたちへプレゼントするかつらのドネーションとして、寄付した。たまには良いこともしないと。

地裁判決が出た後、保守速報側が控訴したので、裁判はもう少し続く。地裁判決が出て、勝てて嬉しかった。この勝利は、自分一人では掴めなかった。本当にありがとう。提訴前に、45本の記事を全部読み直し、その各々に引用された数百ものコメントのひとつひとつの言葉について「これが名誉棄損」「侮辱」「民族差別」「女性差別」など、代理人がチェックして行ったものを事務所でも、自宅でも確認してた。すごく辛かった。何度も泣いた。惨めだった。

でも、こんな思いを、誰にも体験させたくないと思った。今回の記事では、ちょいネガティブなことを書いてるとは思う。でも、しんどい思いをしたからこそ、民族はもちろん、女性としての部分を貶められて、平気な振りするのもあかんのちゃうかな?と、ここ最近改めて思ったから、書く。嫌なことは嫌、あかんことはあかん。笑って、何でもないふりをするのが、賢い女と違う。そんな、つまらんお手本はいらんよね。

地裁判決が出た後、ほっとしたのに。今でもまた、毎晩その時のことを思い出す。髪の毛を切った時の自分、タクシーからとぼとぼ振り返りながら歩く自分。保守速報が引用した2ちゃんねるのコメントのひどい言葉に、ペンを引く自分。そして、朝になって「もう、しばらくは大丈夫やで」って、自分に言い聞かせてたりもする。

裁判をしている間は、自分の被害を再確認する日々だ。欧州では、ネット上で「忘れられる権利」があると聞いた(消去権/right to erase)。ネットの怖さは拡散性と、半永久的に消えないことだ。だけど、ネットは人が作り出したもの、人が使うもの。きっと真剣に取り組めば、何とかなるはずだ。法律もネットも、人がより良く生きるための道具だ。道具を使うのは、人間なのだから。

今、ネットやリアルでの「複合差別」に苦しむ人たちがいる限り。もう少し、自分の痛みと向き合いながら。私はこれからも、できることをしたい。自分の裁判では「複合差別」が、日本で初めて認められた。そして(欲張りなので)、さらに前へ。ネット上での「忘れられる権利」は、女性差別とも関係が深い。日本でも、もっと関心が高まり、議論が深まればと思う。

11月30日、最高裁から、在特会の上告審を受理しないという決定が届いた。一、二審判決が確定し、勝訴が確定した。これまでご支援を頂いたみなさま、ありがとう。その間、大切な友人がTwitterをやめた。

ネットは、地上の宇宙だと思う。太陽も月も地上から手が届かない。星と星は遠く離れて出会えない。けれど、人と人は遠く離れていても、国籍や属性、あらゆるものを越えてネットで出会える。月の美しさとともに、人の真心や優しさや、形にできない何かを伝えることが出来る。

明日は満月で、今日の月も綺麗だ。私は、また友人と、まだ出会ってないあなたと。ネットで、Twitterで。「月が綺麗だね」と、言葉を交わしたい。

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李信恵

李信恵(り・しね)

1971年生まれ。大阪府東大阪市出身の在日2.5世。フリーライター。
「2014年やよりジャーナリスト賞」受賞。
2015年1月、影書房から初の著作「#鶴橋安寧 アンチ・ヘイト・クロニクル」発刊。 

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