日本だったら節分の豆撒き。ならばドイツはカーニバルでのカメレ! なんのこっちゃと思われるだろうが、カーニバルのパレードに向かって沿道の人々がこれを口々に叫ぶと、パレードの山車の上からお菓子が雨のように降ってくる。カメレ(Kamelle)とは、キャラメル菓子(Karamelbonbon)の事なんだとか。豆撒きで堅い餅が頭に当たったりするように、カメレの雨に時々混じる箱入りのチョコレートなんかが顔面を直撃する事もあってなかなか怖い。消防士の仮装をしている子供を何人か見たが、あれは危険防止でもあるのね。
これを書いている2月8日は、カーニバルのクライマックスである「バラの月曜日」。我が家も私が日本の100円ショップで買ってきた猫の耳と悪魔の角を頭につけて(日本ではハロウィン用に売っていた)パレードを見に行ってきたところである。なんといってもケルンはドイツ最大のカーニバルが行われる町。「バラの月曜日」のパレードには100万人の人出が見込まれるとニュースで言ってたが、100万人都市のケルン市民が全員参加するわけじゃないので、そのうちの数十万人は外からの観光客ってことだ。だから町へ出れば、英語その他の外国語が耳に入ってくる。
そもそもカーニバル/謝肉祭はカトリックのお祭りで、「バイバイ、お肉」の名前の通り、この後イースター/復活祭までの肉断食期の前に肉を食べ収め、お祝いをしておこうという慣習である。だから本来はカーニバル最終日の「灰の水曜日」以降はしばらく魚しか食べちゃいけないそうだが、今時そんな決まりを厳格に皆が守る筈はなく、今は単なる楽しいお祭りである。 で、何をするのかといえば、毎日家族や友達と連れ立って集まり、お酒を飲んだり歌ったり踊ったりとパーティをする、だけ。この期間は無礼講とばかりに皆よく飲み、騒ぐ。 開催期間は太陰暦によるので毎年やや変わるが、必ず木曜日に始まり、初日の「女性のカーニバル」では、女性は男性のネクタイをちょん切ってもいいことになっている。ので、この日は男性たちは切られても惜しくない安物のネクタイをしていくんだとか。どこも半日で営業を閉め、あとはそのままパーティへ突入、である。 そしてクライマックスの「バラの月曜日」には、町の中心地を鼓笛隊やチアリーディング、毎年違うデザインの山車で構成した市内の各地域/各種団体のカーニバルグループが次々に行進し、沿道の人々にお菓子や花束を放り投げる。このカーニバルのパレードはこの日の前後に市内の各地域でもそれぞれ小規模のものがあって、同じようにお菓子撒きがある。ここで興奮状態になるのは子供だけじゃない。老いも若きも次々に手を伸ばしてお菓子の争奪戦。集めたお菓子の持ち帰り用に大きなリュックサックや籠や台車まで用意してくる人から、沿道の建物の窓から傘をぶら下げて、放られたお菓子をざっくり手に入れようとする強者も…。手に入れたお菓子はその場で口に放り込み、ゴミはその場にポイ捨てと、エコなドイツ人はどこにいったんだか…。渋谷のハロウィン騒ぎで目を吊り上げていた人が見たら卒倒しそうな光景である。しかしそこは合理的な国なので、パレード終了直後から清掃車が走り回り、盛大な音を上げて町を一掃していくのでご安心を。
有名なリオのサンバカーニバルに、きらびやかな仮装でゴンドラに乗るベネチアのカーニバル、じゃあドイツは?となると、よくあるドイツの「堅くて生真面目」のイメージから相当かけ離れた光景が現れるこの時期、町中に仮装した人たちが溢れると、それはリオのセクシーさやベネチアの華美さとは全く違う、コスプレ。 いや、それでは本格的なコスプレの人に失礼か…。熊、ネズミ、虎、猫、リス、などの動物着ぐるみは普通で、体格のいい人たちが動物の着ぐるみをしている恰好なんて、そのむっちり感が可愛らしくて思わずニャンマゲみたいに抱きつきたくなりそう(おっと、これでは性的暴行事件がシャレにならない…)。 天使や尼僧、インディアンや偽警察官も居る。今年のトレンドでスターウォーズのキャラ、ピカチュウの着ぐるみも見たが、どこで買ってくるんだか…。 ケルンに長年住んでいる友人たち曰く、こんな仮装をするようになったのはこの15年程の事だとか。たぶん誰かがやり始めてそのうちに皆がやるようになったんじゃないかな、とのこと。新年が明けるとデパートやスーパーでも仮装グッズが売り出され始め、それをいい大人が真剣に吟味しているのだから笑えるが、ケルンにはカーニバルのグッズを年中買える専門店もある。ケルンに住み始めた頃、電車の中で目の前に座っていたおばさんの頭の上に大きなロブスターが載っていて目が点になったことはもう昔の話。今じゃ私もささやかながら猫の耳を頭に着けてパレードぐらいは見物に行く。
もっともここに住む皆が皆カーニバル万歳というわけではなく、煩い、バカらしい、と思う人もいるわけで、アンチカーニバル派にとってはなかなか辛い時期であるらしい。家に大人しく籠るか、または国外脱出して旅行に出るか。同じドイツでも東ドイツを中心としたプロテスタントの地域等にはこの伝統行事はないので、そちらに移動する手もあるか。またこの季節がやってきた…、と恨めしそうな投稿がfacebookにも幾つか出ていたっけ。ご愁傷様、であるが、かといって、カーニバルを止めろ、という議論が起こらないのは、日本のハロウィン論争と大きな違いかもしれない。昔からの伝統行事ということもあるけど、嫌いだけどこの時期は仕方ない、という諦めか寛容か、いずれにしても、アンチ派でもそこまで言う人には出会った事がない。
パレードを見に行くくらいで、パーティまでには参加しない程度の私だが、それでもカーニバルは楽しい。なんといっても、皆がなんだか訳の分らない恰好をし、弾けたようにワイワイ一緒に騒いでいる様子を見るのがいい。正に、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らなにゃソンソン、というあの感じ。他人同士で喋ったり笑い合ったり、そんな光景を見るたび、大らかでいいなあと思う。
とはいえ、今年のカーニバルは色々あった。まず、大晦日のケルン中央駅での事件の後ということで、開催への危惧や警備への不安が囁かれ、勿論ケルン市と警察は警備を例年よりも強化したにも関わらず、初日の「女性のカーニバル」では昨年の件数の倍である20件程の性犯罪が報告されたと報道され、同じ日にはベルリンでの襲撃を計画していたIS関係グループが摘発されたりと、なんだか心落ち着かない祭りだった。 そしてクライマックスの「バラの月曜日」にはなんと暴風雨という悪天候の予報が前日に発表され、同じく盛大なカーニバルが開催されるデュッセルドルフやマインツではパレードを中止、ケルンは規模を小さくしながらも決行としたのだが、当日はやや風は強かったものの、晴れ間ものぞく天気となり、テロのような事件もなく無事にパレードは終わった。 実は昨年のパレードもパリでのシャルリ•エブド襲撃事件の後だったりした為に、テロの可能性が懸念されたりしたのだが、普段通りにすることでテロに屈しない、ということで開催された経緯があった。今年もケルンは決行すると聞いて、ほぼ意地だね、こりゃ、と笑ってしまったが、この楽天的で大らか且つ屈しない心意気がケルンっ子らしいのかな。 踊る阿呆に見る阿呆。そうそう、皆が阿呆ならば皆来いよ、という雰囲気の人混みの中には、アジア系、アフリカ系、アラブ系の顔立ちの人々も混じっていた。誰が移民で難民で、なんてことは、この日はもう考えないのだ。だって、お祭り、だもん。