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私はアンティル vol.13 パレード続き

アンティル2005.06.22

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6月5日にソウルの中心部にあるチョンミョ公園からスタートしたレズビアン&ゲイパレード。この日はとても暑い日だった。立っているだけで全身の水分が空に上がっていくような猛烈な暑さの中で、私はパレードの列に並んだ。私にとっては初めてのパレードだ。フロートから音楽が鳴り始め、1.5キロの道のりを練り歩くパレードが始まった。なんだなんだと集まってきた見物客のオヤジがパレードの列を挟むように左右に溢れ。公園は満員電車並の混雑。

私達は、オヤジに見送られながら公園を出て、幹線道路をゆっくりと歩き始めた。参列者は500人。先頭をマッチョなゲイが悠々と歩き、思わず見入ってしまうほど綺麗なドラッグクィーンが所々で人々の注目を集める。私はちょうどパレードの最後尾、大きなレインボーフラッグを持って歩いているレズビアン達のすこし前を歩いた。公園から離れれば離れるほどオヤジの姿は消えてゆき、若い人にとって変わっていった。パレードと並行して走る車の窓から顔を出して見入る人、携帯で写真を撮る人、仕事場から飛び出して来る人・・・オヤジに囲まれ身構えていた私もこの頃になると緊張が溶けていき、軽く小躍りをしながら沿道の熱狂ぶりを観察していた。

しかし暑い、暑すぎる。水を買いに行こうかとも思ったが、この沿道の群衆の中を抜けてお店に行くのもしんどそうで躊躇してしまう。「干上がる~」と心の中で叫んでいると、目の前にコーラを配っている人(オトコ)が現れた。腕にはパレードのスタッフを示す腕章。ドラッククィーン達に笑顔でコーラを渡している。「助かった~」私はその人のもとへ笑顔で突進し、コーラを掴んだ。冷たい冷たいコーラの缶を握りしめて元いた場所に戻ろうとしたその時、オトコは私の手からコーラーを奪い取った。「なんだ!」再びコーラに手をかけようとする私。オトコは私に何か文句を言いいながらコーラがたんまり入った籠をひょいっと背後に隠す。

「ドラッグクィーンにはコーラを飲ませるのに、なんで私にはくれないんだ! ゲイやMTFはよくて、レズビアンやFTMのまんこ持ちには飲ませない気かぁー!!。」

気が付くと私は、オトコの手からコーラを奪い取っていた。不平等、権利、オトコ、オンナ。そのコーラはすでに飲み物ではなくなり勝ち取った権利の象徴となっていた。パカッ シュー 私は共に歩く友人に向かって「やったよ!」という笑みを浮かべながら、一仕事終えたような達成感の中で誇らしげに缶の線を抜いた。“これぞパレード”と一人満足していると、コーラを奪われたオトコは気味悪い者を見るように、私の方を見ている。そして隣にいた友人が私の耳元で囁いた。

「あれ、パフォーマーの人たちのためのコーラなんだってよ・・・」

ガーン。私はコーラを持っていた団扇で隠し、飲んだ。友人に飲む? とそっとコーラを差し出してみたが、友人は首を横に振った。

私は自分がおかしい! と思うことに妥協が出来ない。理不尽だと思うと、トコトンまでやらないと気が済まない。闘うことをやめられないのだ。
20代の始め、私はF銀行のY支店の支店長つき運転手と、1年にわたり泥沼の争いをした。その日私は、左側には白い枠の中に路上駐車の車が並び、右車線は渋滞してつまっている、片側2車線の交通量の多い道路を車で走っていた。私が走っていたのは、その間に挟まれた左車線だ。人間が早歩きする位の速度で走っていた私の前に、路地から黒塗りの車がヒョイと現れた。とっさの出来事だった。私はその車と衝突した。

「何やってんだ」と声を荒げる黒塗りの車の運転手は、一方的に私が悪いとまくし立てていた。負けじと言い返していると、後部座席から何事もなかったように、「すみませんね」と背広のオトコが優雅にやってきて、私に名刺を渡した。“F銀行Y支店 支店長○○”後ろに乗っている人が「すみませんと言ってんだから、あんたの運転がおかしいでしょう!」もう私は完全に戦闘モードだ。

警察を呼んで事情を話しても、それぞれの主張は食い違い、いつまでたっても平行線。警察もあとは自分たちでやってと帰ってしまった。しばらくたって、私が加入している保険会社から電話がかかってきた。「先方はアンティルさんが猛スピードで走ってきて、止まれずに突っ込まれたと言っています。自分は止まっていたと言うんです。譲歩しても、8対2でアンティルさんに修理代をもって欲しいと言っていて、プレジデントなので修理代が100万以上かかるそうなんですが」「私はスピード出していません。8対2なんてありえない。向こうが飛び出してきたんです。」「わかりました。先方に伝えます」
その夜、自宅に運転手から電話がかかってきた。
「おまえの所の娘、おかしいんじゃないのか! 男みたいな格好しやがって。俺は迷惑してんだよ。さっさと認めろって言っとけ!」
私は、こうなったら支店長に電話するしかないと思い、「おたくの運転手に脅されています」と抗議した。その次の日、今度は私の勤め先に運転手から電話がかかってきたのだ。
「てめーいい加減にしないとただじゃおかねーぞ。おまえが飛び出したんだよ。俺はもう何十年も運転手やってんだよ。おまえの運転がおかしいんだよ。これ以上ウダウダいうとどうなるかわかってんだろーな。」
脅迫のような怒声を聞きながら、私はけして諦めないと固く心に誓っていた。
「じゃあ7対3でどうですか?」「そういう問題じゃないんです。」保険会社の担当者をはさみ交渉は続いた。値段を交渉するかのように進める担当者に対し、私はどんどん不信感を募らせていった。女の運転は下手に決まっている、早くしろよと思っているのがヒシヒシと伝わってくる。「6対4で手を打ちましょうよ。アンティルさん」数ヶ月にわたる交渉で、担当者も日に日に苛立っていった。私も疲れ果て、何度ももうやめたいと思ったが、どうしてもやめることが出来なかった。
事故から8ヶ月がたったある日、担当者から電話がかかってきた。
「もう私共保険会社ではどうにもならないと判断しました。事故状況を始めから調査し、中立な立場から判断する機関があるので、その機関に委託します。アンティルさんから事情を聞くために、調査員から連絡があると思います。その結果にしたがって比率を決定するので宜しく」

その日から、私は考えられるありとあらゆる質問を想定し、答え方を考え、頭の中で毎日シュミレーションを繰り返した。数週間後、とうとうその日はやってきた。待ち合わせ場所はバーガーキング。学校帰りの学生でいっぱいの、のどかなハンバーガー屋で、緊張がMAXに達している異様な私の前に現れたのは60歳過ぎの男だった。席に座り、世間話しを始める調査員の目は一見やさしそうな目をしているが、奥にただならぬ光を放っている。『ただ者じゃない』私は気を引き締め、答弁を始めた。

「先方は私が猛スピードで走ってきたといってますが、私は路駐している車と渋滞して止まっている車に挟まれて走っていました。この道路はカーブしてるし車線が狭いし、車の壁の間を走っているようなものです。両側50センチくらいずつしか余裕がないのにどうやってスピードが出せるというのでしょうか。」私は自分で撮影した道路の写真を見せながら、事故状況や私の車の特性を一方的に一時間、説明した。私がしゃべりおえた。そして調査員は静かに頷いた。
「なるほど」
この瞬間、私は勝利を確信した。
1年後、最終決定が下された。
“2対8でアンティルさんの言い分が全面通りました。”
泥沼の闘いはとうとう終わった。

私は妥協ができない。間違っていることもきっと多いけど、勘違いもあるかもしれないけど、“それっておかしんじゃないの!”と感じたことに目をつぶれない。もうこんなことやめたいといつも思いつつ、やめることができない。

そんな自分を再確認したソウルから帰国して数日後、友人が教えてくれた。
「あのドラッグクィーン、パレードのために台湾からきたゲストだったんだって」
遙々台湾からやってきたドラッグクィーンのために用意されたコーラ。私のせいで飲めなかった人もいたのかしら。台湾のドラッグクィーンの方、コーラを配っていたスタッフの方、ごめんなさい。ここもゲイの人が中心になって仕切っているように見えたから、オトコがパレードを牽引しているように感じてしまったから、あらぬ妄想をかき立ててしまったのです。私は自分の気持ちに妥協ができない。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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