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私はアンティル vol.27 シェアラーと私

アンティル2005.10.20

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今日私はちらし寿司を食べた。目の前に出された、どんぶりを見つめながら、私はやはりどんぶりが大好きだと実感していた。カツ丼、親子丼、ちらし寿司にウニ丼。どんぶりを食べている時、私はほっとする。

数人の友人とごはんを食べに行くと、たいてい、いくつかの料理をみん なでシェアーしようということになる。私がそこで「ハンバーグ定食一丁!」なんて言おうものなら、私は場を無視する食いしん坊になってしまうから私は、「ハンバ・・・」まで出かかった言葉を必死に抑える。一つのお皿をみんなでつつき、談笑する夕ご飯。私は笑いながら心の中でため息をこぼす。「またシェアーか・・・」

ごはんをシェアーしようと、言い出す人が私の前に現れたのは、今から 10年ほど前のことだったと思う。それまで食べ物をシェアーする習慣 が”お酒のつまみ”を食べる時以外にはなかった私は、ごはんをシェ アーしようとするシェアラーに初めて出会った時、とても驚いた。初め て出会ったシェアラーは、私にパスタをシェアーしようと言ってきた。『パスタをシェアー?!』私には想像がつかない突飛な発想。その奥に どんな真意があるのか私は考えた。

「そうか、この人は欲張りな人で、いろんな種類を食べたいからシェ アーするんだ。ほっほっー珍しい人だ」

しかし、珍しい存在は私のほう だった。

日増しに増えるシェアラーに私は占拠され、言葉を失っていった。

「み んなでこのケーキ、シェアーしない?!」
『(私)ケーキをシェ アー?!』
「オムライスとパリパリサラダとアスパラの肉巻きをシェ アーしようよ!」
『(私)オムライスのケチャップの量は誰の好みで決 めるというの?!!』
『今日こそ、このパスタ一皿全部食べたい!』

急増するシェアラーの中 で、一皿主義の私は食事のマナーを知らない協調性のない食いしん坊に なっていった。

食べ物に関する私の欲望の単位。それは1皿で1つなのだ。頼みたいも のを考える時に、私はこれを1皿食べたいかどうかを基準として考える。しかし、そ んな私の基準が通ることなどほとんどない。どの皿もみんなのモノなのだ。大勢で食べ る楽し夕ご飯の席で、一単位もとれない食事に私のお腹は悲鳴を上げる。「自分のお皿がほしいよ~」しかし私の言葉は誰にも届かない。

なぜ私はシェアーしたくないと言えないのか?
それは数年前の出来事がきっかけだった。
すごくお腹がすいていて、夜ごはんをとてもとても楽しみにしていたある日。
いつものように友人達が、「シェアーしよう!」と言い出した。その日、どうしても一皿主義を通したかった私は、思い切って「私は コースを食べる」と宣言した。その時だった。友人達の顔が一瞬にして変わり、私を見る目 が変わったのだ。その目は、満腹になりたいという私の食欲に嫌悪を示しているような冷 たい視線だった。私はその時、一皿主義に向けられる視線を思い知った。

私がシェアーしたくないと言いづらい理由。それは私の中に食欲への偏見があるからだ。”食欲満々=下品な人に思われるかも”そういう偏見がいっぱしの一皿主義者になる道を拒んでいるのだ。一皿主義の敵はシェ アラーではなく、私自身だったのだ。

「私はごはんを人とシェアーするのが嫌いだ!」

欲 望のままに生きるのは、難しい。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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