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私はアンティル vol.50 哀しいバイトその2

アンティル2006.08.09

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「アンティルと会わなければこんなことなかったのに」

付属の大学に進学できないことを知った日から、Tは馴れない受験勉強に没頭していた。焦りのあまり毎日のように同じ言葉を繰り返すTに私は言い返す言葉を持たなかった。笑い合うこともなくなった高校3年生の秋。私たちは春に待つ別れに向ってただただ進んでいくような毎日を過ごしていた。

「アンティル合格したよ」
吉報は2月に届いた。Tはある短大に合格したのだ。長かった冬。ようやく開放されたTと私は、それまでにも増してラブホテルに通い始めた。Tが私をバイトに誘ったのはそんな時だった。

「このままだと春休みにラブホテルに行くお金がなくなるからバイトしない?」
Tはすでに折り目をつけてあるフロムAをカバンから取り出し、目を輝かせながら開いて見せた。
Tとは違い、私はアルバイト経験者であった。初めのアルバイトはコンビニの店員。週に3日入ることが条件だったバイトは、Tと会う時間がなくなるから2ヶ月で辞めた。次のバイトは週2回ではあるが時給が高く時間も短かったパブのウェイトレス。ここは男化していくにつれ、スカートの着用がいたたまれなくなり2ヶ月で辞めた。

『どうしたらバイトとセックス、両立できるだろうか。』
そんな時出会ったのが、とある印刷会社の工場だった。日雇いだから履歴書もいらない。だからオンナかオトコかで好奇な目を向けられることもない。お金もすぐにもらえる。もくもくとする力作業だから人とも顔を合わす必要がない。まるで私のためにあるようなバイトだった。しかしこのバイトはものすごく体力を要する肉体労働だった。

まずは、幅1メートルほどのベルトコンベアーの前に2メートル感覚で設置され作業台の前で流れてくるものを待つ。“ドォォォォォ”重く軋む音が高い天井に鳴り響きその場所に人の声は聞こえてこない。私は黙ってベルトコンベアーを見つめ、色別に分けられた大きな紙の束に自分の色を探す。『青だ。あれは私の担当だな。』いっぺんに流れてくる5つ程の束を作業台に載せる。その束はベルトコンベアーに載って天井に吸い込まれていく。私は生身の機械のようにその単純作業を繰り返した。

“ブゥーー”5分ほど作業するとそのブザーは鳴った。休めの合図だ。一束数十キロもありそうな荷物を一つ残らず作業台に載せる仕事は人々の体力をひどく消耗させる。5分が限度なのだ。用意された丸椅子にへたりこみ首をうな垂れ開始のベルを待つ。“ブゥーー”時間にして4時間。これで日給8千円だ。茶色い封筒に入ったお札を握り締め、ラブホテルに直行する2年間を続けていた私にとって、アルバイトとは目を輝かせる対象とは程遠いいものとなっていた。

Tはアルバイトとセックスが対の関係であり生活の一部とかしていた私とは正反対だった。若い熱気でキラキラしている未知の世界に胸をワクワクさせるT。セックス資金のためだけでは、あそこまでの輝きが目に宿ることはないだろう。アルバイトをしようと熱心に誘うその裏に、私を不安にするものが迫っていることを私は直感的に感じ取っていた。
私との出会いを後悔し、始めた受験勉強からの開放。春に待つ新たな生活。
その入り口に待っていたアルバイトは、まさにその不安の創造者であったのだ。
次回は“悲しいアルバイト パート3”です。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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