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私はアンティル vol.86 イチゴ事件その25 涙の理由

アンティル2007.07.18

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Wの涙。突然の展開に私はパニックになった。
『まわされた腕を無視してアイスの話しをしたのがまずかったのか?!』
『嘘眠りがバレたのか??!!』

「大丈夫?」
何の役にも立たない私の呼びかけにWは何の反応も見せなかった。
「ねぇ・・・」

Wの顔を見た瞬間、私はWの背中を揺らしていたその手を止めた。何かを吐き出しているように流れる涙。涙という言葉がWのカラダから零れ落ち、何かを訴えているのが私の耳にも聞こえてくる。激しく切ないその言葉は誰に向って放たれているのか?それは怒りなのか、嘆きなのか?私は何もわからないままWの横で立ち尽くしていた。

15分が経ち、30分が経ち、1時間が経ち、睡魔が私に襲いかかる。緊迫した状況でも、それが続くと人は眠くなる。しかしかといって眠るわけにはいかない。私は必死に目を開けながら、泣き止んでボーっとベランダを見ているWと共に夜を過ごした。どのくらいの時間が経っただろうか、無音の空間がすっかり慣れた頃、Wが急に話し始めた。

W「この家変でしょう?この時間になっても誰も帰ってこないなんて。」
ア「そうだね・・・」
W「お母さん、入院してるの。」
ア「そうなんだ。」
W「重い病気で寝たきりなんだ。」
ア「・・・・」
W「ねぇ、オンナの人と付き合うってどんな感じ?」

母親の病気の話しとオンナと付き合うことへの興味。その問いはどう考えてもおかしな組み合わせだった。

ア「えっ・・・・」
電話でも、待ち合わせした喫茶店でも、繰り返し私に向けられる“オンナと付き合うことって・・・”という質問。それが単なる興味ではないことをWの顔は物語っていた。
W「ねぇ、教えて!」
ア「・・・・・」
静まりかえった深夜の部屋に似合わない、Wのあまりに真剣な声に私は少し怯えながら口を開いた。
ア「好きだから一緒にいたい。ただそれだけのことだよ。」
W「オトコを好きになったことはないの?ホントに!」
ア「ないよ。好きになろうとしたことはあるけど。」
W「オトコが好きでもオンナが好きになることもあるの?!」
ア「わかんないけど、そういう人もいるんじゃないのかなぁ・・・」
W「それってどんな心境の変化なの?!」
ア「だからわかんないよ~・・・。」

深夜の詰問だった。私に詰め寄り質問攻めにするW。Wがどんな答えを探しているのか私にはまったくわからなかった。ただわかっていたことは、その答えをWは夢中で探しているのだということだけだった。

W「私、知らなきゃいけないんだ。オンナを好きになることはどういうことかって。」

ポタポタポタ蛇口から落ちる水の音が沈黙の部屋にこだまする。その音はゆっくりと時を進む足音のよう聞こえた。ポタポタポタ。その足音が同じ時間に向って歩く私とTの足音を聞こえた瞬間、Wは再び話し始めた。

W「私のお母さん。オンナの人が好きなの。」
私は再び新たな世界に引き込まれていった。

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アンティル

アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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